剣術部で打ち合い2
「………」
(私の打ち合いの相手は、1年Aクラスのミコト・ティラミスか。
随分と頼りない構えだけど、新入生だし、自信をつけてもらうためにまずは打たせてみよう)
副部長は、余裕の笑みを浮かべてミコトの攻撃を待った。
ミコトは何もないところで盛大に転倒し、副部長は「本当にAクラスか?」と疑念を抱いた。
しかし、彼女が立ち上がり、再び構えた瞬間――空気が一変した。
(……消えた!?)
凄まじい速度の踏み込み。
副部長の目には、ミコトが瞬間移動したようにしか見えなかった。
完全に虚を突かれた副部長は、防御が間に合わないと覚悟した。
――ぺちっ。
しかし、放たれたミコトの木刀は、信じられないほど威力がなかった。
『ぺちっ』『かちっ』と、まるで子供のお遊戯のような軽い打撃が数回、副部長の木刀を叩いただけだった。
(……なんだ、これは? 確かに踏み込みの速度は異常だったが、圧倒的に力がなさすぎる。
これでは打ち合いにもならないな)
副部長は眉をひそめた。
新入生には申し訳ないが、これ以上長引かせても彼女のためにならない。
ここで先輩としての実力の差を見せつけ、早めに決着をつけさせてもらおう。
「それじゃあ、今度は私の番ね!」
副部長は気合を入れ、二年生としての実力を遺憾なく発揮した連続斬りを繰り出した。
たまに隙を突いて木刀を寸止めし、「はい、そこまで」と終わらせるつもりだった。
しかし。トン。カン。スッ。
(なっ……!?)
副部長の放つ木刀が、全て、まるで見透かされているかのように弾かれ、あるいは紙一重で躱される。
ミコトは足の位置を一切変えることなく、上半身の僅かな揺らぎと、最小限の木刀の軌道だけで、副部長の猛攻を完全に無力化していた。
(嘘でしょ……!? 私の連続斬りが、全く当たらない!?
これ偶然じゃない、完全に私の剣筋が読まれている……!)
副部長の額に、焦りの汗が滲む。
流石の副部長も、一回りも年下の新入生に全て避けられ、完全に手玉に取られている状況に癪に触った。騎士としてのプライドが刺激される。
(それなら……これは避けられる!?)
副部長は連続斬りを強制的にキャンセルし、深く腰を落とした。
そして、自身の持ちうる最速、最強の『突き』を、ミコトの胸元めがけて全力で放った。
♦︎
【ミコト Side】
(はぁっ……! はぁっ……!!)
私の肺は、すでに限界を超えて悲鳴を上げていた。
身体強化で神経や動体視力を加速させているとはいえ、その反動で体力の消費は普段の何倍にも跳ね上がっている。
先ほどまでの打ち込みと、手だけの回避運動だけで、私のスタミナゲージはすでに真っ赤に点滅し、底をつきそうになっていた。
(もうダメェ……っ。腕が上がらないよぉ……っ)
ヘロヘロになりながら、なんとかやり過ごそうとしていると、 目の前の副部長が、急に腰を深く落とし、木刀を真っ直ぐに引いたのが見えた。
(あ、次は突きかな?)
スローモーションの世界で、私はぼんやりと考えた。
副部長の突きは鋭かったが、昨日のカトレアさんの、あの見えない神速の突きに比べれば、ずっと遅くて分かりやすい軌道だった。
(これなら、横に一歩ズレるだけで避けられるかな……)
私は木刀で弾くのを諦め、体を右にスライドさせようと足に力を入れた。
しかし。
「あっ」
私の貧弱な体力は、その『一歩』を踏み出すエネルギーすら残していなかった。
足に全く力が入らず、私の体はバランスを崩し、そのまま真横へと「ばたんっ」と倒れ込んでしまった。
シュオォォォンッ!!
私が真横に倒れたその直上の空間を、副部長の全力の突きが、凄まじい風圧を伴って通り過ぎていった。
「…………えっ!?」
床に倒れ込んだ私の耳に、副部長の驚愕の声が聞こえた。
運がいいのか悪いのか、私が体力切れで倒れ込んだその動きが、結果的に副部長の最速の突きを完璧に『紙一重で回避する』という奇跡的な体捌きになってしまったのだ。
副部長は、必殺の突きを完全に避けられたことに驚き、目を見開いていた。
しかし、彼女の視線の先には、ドサッと倒れ込み、「ぜぇ……ぜぇ……っ」と虫の息の私の姿があった。
私は朝の疲労蓄積もあり、もはや指一本動かす気力すらなく、立ち上がることすらできない状態だった。
「――っ!」
副部長は、渾身の一撃を躱された焦りと興奮からか、反射的に倒れ込んだ私に対して追撃の木刀を振り下ろそうとした。
(ひぃっ! 殺される!) 私がギュッと目を瞑った、その時。
「そこまで!! 止めだ!!」
鍛錬場に、部長の大音声が響き渡った。
「ハッ……!」
副部長はピタリと動きを止め、自分の手元にある木刀と、床で縮こまっている私を交互に見つめた。
そして、自分が今、単なる新入生相手の体験入部で、熱くなって全力の殺意を向けてしまっていたことに気づき、サァッと顔を青ざめさせた。
「わ、私……新入生相手に何を全力に……っ! ご、ごめんなさい、大丈夫!?」
副部長は慌てて木刀を放り投げ、私の元へと駆け寄ってきた。
私は、何度も転んだことで真新しい制服が汚れていた。
部長も険しい顔で近づいてきて、私を覗き込んだ。
「おい新入生、大丈夫か? 怪我はないか?」
「ぜぇっ……はぁっ……だ、大丈夫、です……っ」
私は肩で激しく息をしながら、副部長に手を引かれてなんとか立ち上がった。
足がガクガクと震え、生まれたての小鹿状態である。
「すまなかったな。副部長も少し熱くなってしまったようだ。下がって休んでいてくれ。……よし、次は誰がやる!?」
部長が進行を再開し、私は逃げるようにして新入生の集団の後ろへと戻った。
「ミコトさん! 大丈夫!? 顔色が真っ青よ!」 マリアが心配そうにハンカチで私の顔の汚れを拭ってくれた。
「な、なんとか助かったぁ……。
やっぱり剣術部なんて、命がいくつあっても足りないよぉ……」
私はマリアに寄りかかりながら、心底安堵のため息を吐いた。 偽エリートの体面は……まぁ、ボコボコにされなかっただけマシとしよう。




