剣術部で打ち合い
中央で待っていたのは、スリムでしなやかな体つきをした、二年生の女子の副部長だった。
彼女は優しそうな笑みを浮かべ、木刀を軽く手にして私に尋ねてきた。
「よろしくね、新入生。私は剣術部の副部長よ。あなたの名前とクラスは?」
「あ、えと……1年Aクラスの、ミコト・ティラミスです……」
私が自己紹介をすると、副部長の眉がピクリと動いた。 「Aクラス……。それに、ティラミス家。なるほど、有望株ね」
副部長は少しだけ真剣な目つきになり、スッと木刀を構えた。
「それじゃあ、打ち合いましょうか。私は防御に徹するから、あなたはどこから来てもいいわよ! 遠慮なく全力で打ち込んできてちょうだい!」
余裕の表情で微笑む副部長。 私はゴクリと唾を飲み込んだ。
(よし……! 相手は受けてくれるって言ってるし、胸を借りるつもりで行こう!
それっぽい動きを見せて、適当に打ち合って終わらせれば、偽エリートだってバレないはず!)
私は気合を入れ直し、両手で木刀を強く握りしめた。
そして、「やぁぁぁっ!」と叫びながら、副部長に向かって勢いよく駆け出そうとした。
――その瞬間。 ズルッ。
「あっ」
私は完全に忘れていた。 自分が、ただの運動音痴で体力ゼロの一般人以下であることを。
そして、今朝は無意識に使っていた魔法、『身体強化』を、今はまだ発動していないということを。
私の足は情けないほどにもつれ、前へ踏み出した瞬間に見事にバランスを崩した。
「きゃあっ!」
ドサァッ!!
私は副部長に辿り着く遥か手前で、盛大にうつ伏せに転倒し、床に顔面を強打した。
「イテテテ……っ」 私は鼻を押さえながら、涙目で起き上がった。
「………………」
鍛錬場が、またしても奇妙な静寂に包まれた。
構えていた副部長は、ポカンと口を開け、信じられないものを見るような目で私を見ていた。
「だ、大丈夫……!? 何もないところで転んだみたいだけど……」
「だ、大丈夫です! すいません、足が滑りましたぁ!」
私は顔を真っ赤にしながら、慌てて立ち上がった。
ダメだ、このままじゃ「ただのドジっ子運動音痴」だとバレてしまう。
そうだ!魔法だ。早く魔法を使わなきゃ!
私は木刀を構え直し、頭の中で、魔力を体中に巡らせるイメージを強く描いた。 ――『身体強化』。
その瞬間。 私を取り巻く世界が、急激に変化していく。
周囲のざわめきが、水底から響くようにゆっくりと、間延びして聞こえるようになる。
落ちていく汗の滴が、空中で静止しているかのように見えた。
私の限界突破した魔力による身体強化が、再び私の神経伝達速度を異常なレベルへと引き上げた。
「……よし」
私は小さく呟き、床を蹴った。
トン! と地面を蹴り、私は一気に副部長の懐へと踏み込んだ。
「……えっ!?」
副部長が、私の急激な加速に驚愕の表情を浮かべるのが、スローモーションの中でハッキリと見えた。
私はそのままの勢いで、副部長の木刀めがけて袈裟斬りを放った。
――ぺちっ。
しかし、スピードは上がっても、私の根本的な筋力(腕力)が大きく上がるわけではない。
凄まじい速度の踏み込みから放たれた一撃は、拍子抜けするほど軽く、情けない音を立てて副部長の木刀に弾かれた。
私は体勢を立て直し、二回、三回と連続で打ち込む。
――かちっ。ぺちっ。
「……?」
私の攻撃を受けた副部長は、明らかに困惑した表情を浮かべていた。
(あれ? やっぱり私、力が全然ないから、副部長さん困ってる? 手加減しすぎちゃったかなって思ってるのかな?)
私は自分の貧弱な攻撃に恥ずかしくなりながらも、必死に木刀を振り続けた。
すると、副部長がフッと息を吐き、口角を上げた。
「なるほどね。……それじゃあ、今度は私の番ね!」
副部長が、鋭い踏み込みと共に連続斬りを繰り出してきた。
私に見えるスローモーションの世界の中で、彼女の木刀が様々な角度から迫ってくる。
しかし、私の動体視力はそれを完全に捉えていた。
(あ、右から来る。次は上。その次は左下)
私は飛んでくる虫を手で払うような軽い動作で、自分の木刀をポンポンと置き、副部長の攻撃を全て最小限の動きで弾き落とした。
「はぁっ!!」
副部長の攻撃が徐々にスピードを上げていくが、私にとっては「少し速歩きになったかな?」程度の変化でしかない。
私は一切足を踏み動かすことなく、上半身の動きと手首の返しだけで、一定の距離を保ちながら全ての斬撃をやり過ごした。
(副部長さん、すごく優しいなぁ。私が素人だからって、ちゃんと避けられる速度でゆっくり振ってくれてる。
これなら、なんとか偽エリートの体面を保てそう!)
私は、副部長の優しさに心の中で深く感謝していた。




