放課後部活見学
マリアに連れられてやってきたのは、敷地内にある巨大な第二鍛錬場だった。
木製の床がどこまでも広がる体育館のような施設で、中からは「ヤァァァッ!」という気合の入った掛け声と、木刀が激しくぶつかり合う甲高い音が絶え間なく響いてきた。
「ここは『剣術部』よ。王立騎士学校の中で、一番規模が大きくて歴史のある部活ね。
やっぱり、皆、純粋に剣術を研鑽したいと考えるのか、新入生の見学者もすごく多いわ」
マリアの説明の通り、鍛錬場の端には、新入生らしき生徒たちが何十人も集まり、目を輝かせながら上級生たちの猛烈な打ち合いを見学していた。
他の部活(戦術研究会や、馬術部など)もあるらしいが、剣術部は圧倒的な人気を誇っているらしい。
上級生たちの動きは、素人の私から見ても尋常ではなかった。
目にも止まらぬ速さで木刀が交差し、踏み込むたびに床が雷鳴のように鳴り響く。
汗水流して己の限界に挑む先輩たちの姿に、新入生たちは「かっこいい……!」「俺もあんな風になりたい!」と熱狂していた。
――ただ一人、私を除いて。
(あ、これ無理だわ。絶対に死ぬやつだわ)
私は見学する新入生の集団の一番後ろに隠れながら、開始三秒で完全に心をシャットアウトしていた。
あんなスピードで木刀を振るなんて、私の筋肉がちぎれて飛んでいってしまう。
ここに入部することだけは絶対に避けなければならない。
(早く見学終わらないかなぁ。……そうだ、帰ったら、昨日セシリア先生に許可をもらって持ち帰った、あの紙袋のお肉とタルトを食べよう。絶対美味しいはずだよね。あー、早くお腹すかないかなぁ)
私は「熱心に見学している風の顔」を作りながら、脳内では完全に今日の夕飯の献立(という名の残り物処理)へと意識を飛ばしていた。
「ねえ、ミコトさん。あの先輩の足捌き、すごく参考になるわね。重心が全くブレていないわ」
マリアが隣で熱心に解説をしてくれる。
「……」
「ミコトさん? もう、聞いてるの!?」
「へっ!? あ、ごめんごめん! メロンって、すごく美味しいよねって話だよね!」
私が全く違う食べ物の話を返すと、マリアは「え? 違うのだけれど……」とジト目で私を睨んできた。
「あ、あはははは……! ちょっと小腹が空いちゃってね!」
私は冷や汗を流しながら、必死に誤魔化した。
そんな時だった。 鍛錬場の中央で指導をしていた、筋骨隆々の三年生、剣術部の部長らしき大男が、パンパンと手を叩いて練習を止め、新入生たちの方へと向き直った。
「見学ご苦労! どうだ、我が剣術部の熱気は伝わったか!」
部長の声は、鍛錬場の端まで響き渡った。
「せっかく見学に来てくれたんだ。ただ見ているだけではつまらんだろう?
どうだ新入生、少し我々と『打ち合い』でもしてみるか? 腕試しだ!」
その言葉に、新入生たちが「おおっ!」と沸き立った。
自分の力を試したい、上級生に顔を売りたいと考える血気盛んなエリートの卵たちは、マリアも含めて次々と「はい!」「私にやらせてください!」と勢いよく手を挙げた。
当然、私は……。 (お肉の次は、やっぱりタルトかな。イチゴが乗ってた気がするし) 手を挙げるどころか、完全に別の世界へと旅立っていた。
部長は、熱狂して手を挙げる新入生たちを満足そうに見渡していたが……ふと、その視線が、集団の一番後ろで一人だけ虚無の顔をして突っ立っている私で止まった。
(ほう? 周りがこれだけ熱気を帯びているのに、一人だけ全く動じず、手を挙げようともしない。あの自然体……ただ者ではないな。よし、あいつの腕を見てみよう)
部長はニヤリと笑うと、ズンズンと新入生の集団をかき分け、真っ直ぐに私の方へと歩いてきた。
そして、私の目の前で立ち止まると、太い指で私をビシッと指名した。
「おい、そこの銀髪のお前。お前がやってみろ」
「……え?」
私は突然目の前に現れた筋肉の塊に、キョロキョロと不審者のように周囲を見渡した。
隣でマリアが、私の袖を引っ張って小声で囁いた。
「ミ、ミコトさん! あなた、打ち合いの相手に選ばれたのよ!」
「え、えええええぇぇっ!? いやいやいや! 無理です! 棄権で! 私、そういうのホント大丈夫なん……」
私は慌てて両手を振り回し、全力で拒否しようとした。
しかし。 ふと、私の脳裏に、今朝のガトー先生の怒号がフラッシュバックした。
『貴様はAクラス3組だ。手違いなど一切ない!』
『Aクラスの生徒として、言語道断の恥さらしだ!』
(はっ……!! そうだ、私、手違いでAクラスに入っちゃった『偽エリート』なんだ……!)
もしここで、「怖いから逃げます」なんて情けない真似をして新入生たちの前で大恥をかけば、「やっぱりあいつはAクラスに相応しくない」とバレてしまうかもしれない。
偽エリートである以上、周囲からのプレッシャーを跳ね除け、何かしらの『結果』を示して誤魔化し続けなければ、即刻退学になりかねないのだ。
(あああぁ……やだよう。なんで私、いっつもこんな目に遭うのぉ……っ)
心の中で血の涙を流しながら、私は震える足で一歩前に出た。
「……うぅ、や、やらせて、いただきます……」
「よし、いい返事だ! 相手はうちの副部長が務める! 前へ出ろ!」
私は部長に背中をバンバンと叩かれ(それだけで吐血しそうだった)、半泣きで鍛錬場の中央へと引きずり出された。




