初日から遅刻4
「それでは、一人ずつ前に出て自己紹介をしろ。名前、出身家名、そしてこの王立騎士学校で成し遂げたい『目標』を簡潔に述べること。……出席番号一番から順に行け」
第一時限目のホームルーム。
Aクラス3組の担任である、あの恐ろしい軍服風の痩せ型の教師、ガトー先生が、教卓の後ろから冷徹な声で言い放った。
教室内にピリッとした緊張感が走る。
ただでさえエリートばかりが集まるこのAクラス。新入生たちは皆、自身の家名と誇りを背負い、他のライバルたちを威嚇するかのように堂々とした態度で自己紹介を行っていった。
「クロエ・シフォン! 私の目標はただ一つ、この学園の頂点に立ち、シフォン家こそが最強であることを証明することです!」
(昨日私に喧嘩を売ってきた、赤いポニーテールのクロエさんだ。相変わらず自信満々で怖い……)
「マリア・エクレア。エクレア家の名に恥じぬよう、王宮騎士団入りを目指して日々研鑽に励むつもりです。よろしくお願いします」
(マリアさん、さわやかでかっこいい! 優等生のお手本みたい!)
「……ヒヨリ・オランジェット。目標は……特にないけれど、誰にも負けるつもりはないわ」
(ヒヨリさん、相変わらずミステリアス……というか、周りの空気を一切気にしてない感じがすごい)
「カトレア・サントノレ。我がサントノレ家の剣技をさらに高みへと昇華させ、次期騎士団長に相応しい実力を身につけること。それが私の使命です」
(ルームメイトのカトレアさん……! 息をするようにトップを目指す宣言、さすが天才……!)
錚々たる名門貴族の令嬢や令息たちが、次々と血の気の多い、あるいは崇高な目標を語っていく。
その洗練された言葉と覇気を聞くたびに、私の胃はキリキリと音を立てて縮み上がっていった。
(どうしよう……どうしよう……!)
私の順番は、よりにもよって一番最後だった。
周りのハイレベルな自己紹介を聞かされ続け、私のプレッシャーはすでに限界を突破していた。
「最後。ミコト・ティラミス、前へ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ガトー先生に名前を呼ばれ、私は変な裏返った声を上げて立ち上がった。
ロボットのようにカクカクとした足取りで教卓の前まで歩き、クラス全員の視線を一身に浴びる。
カトレアさんやマリアさんのような温かい視線もあれば、クロエさんのような「さぁ、どんな大層な目標を語るのかしら」という値踏みするような鋭い視線もある。
「あ、えと……そ、その……っ」
頭の中が真っ白になり、用意していた無難な挨拶が全て吹き飛んでしまった。
沈黙が長引くにつれ、教室の空気がますます重くなっていく。
「名前と目標だ。早くしろ」
ガトー先生がイライラしたように机を叩いた。
「わ、わ、私はっ! ミ、ミコト・ティラミスと言いますっ!」
私はガチガチに緊張したまま、カミカミの早口で叫んだ。
ええと、目標、目標! 騎士学校で成し遂げたいこと!
パニックになった私の脳裏に、真っ先に浮かんだのは……極上のローストビーフと、紙袋いっぱいに詰まったお土産のタルトの映像だった。
実家での飢えた生活と、これからの過酷な学園生活。
これは私にとって、一番切実で、一番叶えたい悲願。
「わ、私の夢はっ……!!」
私は両拳をギュッと握りしめ、教室内を見渡して高らかに宣言した。
「ま、毎日っ、お腹いっぱい、美味しいご飯を食べることですっ!!
あと、できれば怪我をせずに生き延びたいです!よ、よろしくお願いします!!」
「「「………………」」」
Aクラス3組の教室が、完全なる『無音』に包まれた。
水を打ったような、いや、時が止まったかのような静寂。
(……やっちまった)
私はハッと我に返り、顔から火が出るほど赤面した。
なんてアホな目標を叫んでしまったんだ。
ここはエリート騎士を育成する最高峰の機関だぞ。
国を護るだの、頂点に立つだのと語るべき場所で、「ご飯をお腹いっぱい食べたい」って、どこのスラム街から来た孤児だ。
クラスメイトたちの顔を見ると、全員がポカンと口を開け、文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
(えっ……騎士学校にいるのに、騎士になることが夢じゃないんだ……?)
(毎日お腹いっぱいご飯を食べる……? ティラミス家は、そんなに過酷な飢餓状態にあるのか……?)
(怪我をせずに生き延びたい……。なるほど、真の実力者は不用意な争いを避け、生存を第一とする。あの隙だらけの構えは、その哲学の表れか……!)
周囲のクラスメイトたちが、それぞれ全く違うベクトルで私の発言を脳内補完(あるいは深読み)していることなど知る由もなく。
私は「す、すみません……」と蚊の鳴くような声で謝りながら、逃げるように自分の席へと戻った。
ガトー先生は、大きく深いため息をつき、こめかみを押さえていた。
「……まぁいい。これで全員の自己紹介は終わったな。さっそく授業に入るぞ。教科書を出せ」
「ぅぅぅぅ……」
私は机に突っ伏し、初日から盛大にやらかした自己紹介の羞恥心に悶え苦しむのだった。




