初日から遅刻3
「はぁっ……! はぁっ……!! くっそ、特別棟、広すぎ……迷路かよぉっ……!」
私は広大すぎる校舎の中で完全に迷子になりながら、半泣きで廊下を彷徨っていた。
エリートたち専用の特別棟は、壁に絵画が飾られていたり、無駄にフカフカの絨毯が敷かれていたりと、明らかに他の校舎と扱いが違った。
ようやく『1−A 3組』という重厚な真鍮のプレートが掲げられたドアを見つけた時、時計の針は【7:57】を指していた。
授業開始、三分前。
「ま、間に合ったぁ……!」
私は息も絶え絶えになりながら、その重厚なドアを、勢いよくガラッ!!とスライドさせた。
「ひゅーっ……ぜぇっ……!! す、すいませぇん……!!」
教室のドアを開けた瞬間、中にいた全員の視線が、一斉に私へと突き刺さった。
教室の空気は、張り詰めた氷のように冷たく、静かだった。
すでに席についている生徒たちは皆、背筋をピンと伸ばし、制服のシワ一つない完璧な身なりで、静かに待っていた。
カトレアさん、マリアさん、昨日私に宣戦布告してきたクロエさん、そしてマリアさんを打ち負かしたヒヨリさんの姿も見える。
まさに、獅子や虎の檻の中に迷い込んでしまった一匹の毛玉のような状況だった。
「…………」
生徒たちが、私のボサボサの銀髪と、乱れたネクタイ、そして汗だくでぜいぜいと肩で息をしている情けない姿を見て、呆然と目を丸くしている。
そして、教卓の前には、昨日の実技試験で拡声器を持ち、生徒たちを冷徹な目で見下していた、あの軍服風の痩せ型の教師が立っていた。
彼が、この3組の担任らしい。
教師は、眉間に深いシワを寄せ、教室の空気を乱す不届き者(私)を氷のような視線で睨みつけた。
「……何事だ、貴様」
地を這うような低い声に、私はビクッと肩を震わせた。
「あ、あのっ! はぁっ、はぁっ……わ、私……ミコト・ティラミスというのですがっ……!」
私は息切れがひどくてまともに言葉を発することもできず、肺をヒューヒューと鳴らしながら、なんとか声を振り絞った。
「し、下のエントランスで、張り出した紙を見たんですけど……!
あの、Aクラス、3組のところに、私の名前があったのですが……これ、間違い、ですよね……っ?
私と同姓同名の、別の立派なミコトさんの間違いですよね……?」
私が必死にそう尋ねると、教室中がシン……と静まり返った。
生徒たちは「何を言っているんだこいつは」というような目で私を見ている。
教卓に立つ教師は、深く、長いため息をついた。
そして、手元の名簿をバンッ! と教卓に叩きつけると、呆れ果てた顔で私を指差した。
「何を寝言を言っている。ティラミス家の長女、ミコト・ティラミス。お前以外に誰がいる?」
「えっ」
「教師陣による厳正なる評価の結果、貴様はAクラス3組に配属された。手違いなど一切ない!」
教師の断言に、私の最後の希望(事務の書き間違い説)は粉々に打ち砕かれた。
本当に? 本当に私がAクラス? 嘘でしょ?
「い、いやでも! 私、実技試験で一回もまともに剣を振ってないんですよ!? 最後は座り込んだんですよ!? 絶対に何かの間違い――」
「口答えをするな!!」
教師の怒号が響き、私はヒィッと首をすくめた。
「貴様のあの常軌を逸した『体捌き』と『見切り』、サントノレの神速を紙一重で躱し、連撃を全て完璧にパリィしてみせたあの技術は、歴代の新入生の中でも群を抜いていた!
極度の体力不足という致命的な弱点はあるが、その異常な技術力とポテンシャルを高く評価し、特例としてAクラスで徹底的に鍛え直すことになったのだ!」
(ち、ちがうんですぅぅ! あれはただ転んで、手加減に助けられただけで、技術なんて欠片もないんですぅぅっ!!)
心の中で血の涙を流しながら叫ぶが、もちろん声には出せない。
まさか、あの無様な自滅が「極限の技術によるスタミナ切れ」という真逆の超絶評価に変換されていようとは。
これがカトレアさんだけでなく、教師陣全体の総意だというのか。
この学校の評価システムはどうなっているんだ!節穴か!
絶望で真っ白になる私に、教師はさらに冷酷な追撃を放った。
「それよりも、ミコト・ティラミス。お前、昨日講堂で何と言われたか忘れたのか?」
教師の目が、鋭く細められる。
「『遅刻は厳禁だ』と、私は確かに言ったはずだが?」
「ひっ……!」
時計を見ると、時刻は【8:01】。
私の無駄な問答のせいで、見事に授業開始のの時間をオーバーしてしまっていた。
「初日の、それも第一時限目から遅刻、さらには制服の着こなしもだらしなく、髪も整えずに教室に飛び込んでくるとは……。
Aクラスの生徒として、言語道断の恥さらしだ」
「あぅ……っ」
「今日の放課後、直ちに第一職員室へ来い。
たっぷりとしぼってやる。……今は、さっさと自分の席につけ!!」
教師の雷が落ち、私はビクゥッ! と飛び上がった。
「は、はいぃぃっ! スイマセンでしたぁぁっ!!」
私は涙目でペコペコと頭を下げながら、教室の最後列に一つだけ空いていた自分の席へと、縮こまるようにして逃げ込んだ。
周囲のエリート同級生たちからの、「初日から目をつけられた問題児」を見るような冷ややかな視線が、全身にチクチクと突き刺さる。
窓際の席から、カトレアさんが「やれやれ」といった様子で小さくため息をつき、マリアさんが同情するような悲しげな目を向けてくれているのだけが、唯一の救いだった。
(終わった……。私の平穏な学園生活、開始一分で完全に終わった……っ)
身の丈に合わないAクラスへの強制配属。
勘違いによる謎の高評価。
そして、初日からの遅刻&職員室への呼び出し。
さらには、二年生の先輩との決闘も控えている。
私は机に突っ伏し、今日から始まる、あまりにも過酷で地獄のような『エリート(偽)』としての三年間を思い、心の中で滝のような涙を流すのだった。




