新入生歓迎会にて その5
「るんるんる~ん♪」
特大の食糧袋(中身は高級ローストビーフの切れ端や、タルトの詰め合わせ、丸ごとのメロンなど)を両手で抱え、私は大食堂の隅っこへ戻ってきた。
決闘の恐怖はどこへやら、食欲が満たされ、さらにお土産までゲットできたことで、私のテンションは回復していた。
「あ、ミコトさん! どこ行ってたの……って、何よその信じられないくらい大きな紙袋は!?」
壁際で心配そうに私を探していたマリアが、私の抱える荷物を見て目を丸くした。
中からは、焼きたてのパンの香ばしい匂いや、甘い果実の香りがプンプンと漂っている。
「えへへ、先生にお願いして、余ったお料理を包んでもらったの!」
「つ、包む……?」
マリアの顔が、信じられないものを見るように引きつった。
「王立騎士学校の歓迎会の料理を、タッパー代わりの紙袋に詰めて持ち帰る新入生なんて、創立以来あなたが初めてじゃないかしら……。
というか、よくそんなこと許可されたわね」
「セシリア先生っていう、すっごく綺麗な白髪の先生がいてね! 親切に給仕の人に包むように言ってくれたの!」
「セシリア、先生……?」
マリアは首を傾げた。
エクレア家の彼女でも、騎士学校にそんな名前の教師がいるという話は聞いたことがないようだった。
「まぁ、いいわ。ミコトさんが元気を取り戻したみたいで安心したわ。
さっきは、決闘のショックでこのまま倒れちゃうんじゃないかって心配したんだから」
「あはは……。うん、まぁ、決闘は怖いけど、お腹がいっぱいになったら少し冷静になれたよ。なるようにしかならないしね!」
私は持ち前の切り替えの早さ(現実逃避の極致とも言う)を発揮して、ニコッと笑った。
マリアは「本当、肝が据わってるのか抜けてるのかわからないわね」と苦笑しながら、小さくため息をついた。
宴もたけなわとなり、時計の針が夜の九時を回ろうとした頃。
再び壇上に軍服風の制服を着た、厳格そうな教師が前に立った。
先ほどグラウンドで実技試験の仕切りをしていた教師だ。
『静粛に! これにて、今年度の新入生歓迎会を閉会とする!』
その声で、会場の空気が再びピリッと引き締まった。
『新入生諸君、英気は養えたか?明日からは、貴様らもこの王立騎士学校の生徒として、他の者と同じように血の滲むような切磋琢磨の場に身を投じることになる。
決して甘えは許されない。
だが、もし本当の壁にぶつかり、道に迷い、困ったときは……今日出会った上級生や、我々教師陣に相談するんだぞ。
我々は、本気で強くなろうとする者を決して見捨てはしない』
教師の言葉には、厳しさの中にも確かな優しさが感じられた。
そうだ、ここは完全実力主義の恐ろしい場所だけれど、同時に騎士を育てるための学び舎なのだ。
少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じた。
『明日のクラス発表の張り出しは、午前七時。
本校舎のエントランスホールにて行う。
それまでには、各自登校の準備を済ませておくように。もちろん、遅刻は厳禁だ!』
七時。ということは、朝の六時には起きて身支度をしなければならない。
実家にいた頃は昼まで寝ていた私にとって、いきなりの早起き試練である。
『なお、明日からの授業や学園生活の細かなルール、施設の使用方法など、詳しい話は入学式で配布した【新入生の手引き】の冊子に全て記載されている。
今夜のうちに必ず熟読しておくこと! ……では、これにて解散! 各自、寮へ戻れ!』
「「「ありがとうございました!!」」」
新入生たちの一糸乱れぬ挨拶が講堂に響き渡り、長かった、本当に長かった入学初日の公式行事が、ついに全て終了した。
「終わったぁ……」
私は紙袋を抱きしめたまま、その場にヘナヘナと座り込みそうになった。
筋肉痛、体力切れ、決闘の申し込み、そして謎の「セシリア先生」との遭遇。
情報量と疲労度がキャパシティをとうに超えている。
「さぁ、帰りましょう、ミコトさん。明日は七時にクラス発表なんだから、早く寝ないと!」
「うん。マリアさん、今日はいろいろありがとう。……あの、お肉、少し食べる?」
「いらないわよ! もう、しっかりしてよね」
マリアに背中を押されながら、私は大講堂の出口へと向かって歩き出した。
外に出ると、ひんやりとした夜風が火照った体を冷ましてくれて心地よかった。
空には満天の星が輝き、これからの私たちの学園生活を祝福してくれているようにも見えた。
(帰ったら、まずお風呂に入って……それから、カトレアさんにバレないようにこのお肉をこっそり食べて……)
明日のクラス発表は、どうせFクラスだ。
何の心配もしていない。 あの決闘のことも、今夜はひとまず忘れてしまおう。
(あ、そうだ。先生が『配布した冊子に詳しいルールが書いてある』って言ってたっけ。
寮に帰ったら、トランクから引っ張り出して、少しだけ読んでみようかな……)
特にあの『白い布』に関するルールのように、知らないと命に関わるようなトンデモ決まり事がまだ潜んでいるかもしれないのだ。
身の安全を守るためにも、一読しておく必要があるだろう。
私は重い足取りを引きずりながらも、両手に抱えたずっしりと重い食べ物の袋の感触にニヤニヤと笑みをこぼし、夜の白百合の館へと帰路についた。
明日、その『クラス発表』と『冊子の内容』によって、私の平穏なFクラス生活の夢が根底から覆され、更なる絶望のどん底へと叩き落とされることになるとは、今の私は知る由もなかったのである。
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