新入生歓迎会にて その3
少しすると、群衆をかき分けて、顔面を蒼白にしたマリアが駆け寄ってきた。
「ミコトさん!! 私、途中で他の子と話してて気付くのが遅れたんだけど……!!」
マリアは私の手の中にある白い布を指差し、ワナワナと震える声で言った。
「も、もしかして、それ……あなたが『拾っちゃった』の!?」
「う、うん。先輩が落としたから、拾って渡そうと思って……。これ、何? お口拭いていいよってくれたのかな?」
私が本当に何も分かっていない様子で首を傾げると、マリアは「あああ……っ」と頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「ミコトさん……あなた、本当にこの学校のルール、何も知らないのね……」
「る、ルール? ……ナニソレ?」
もちろん、この騎士学校の暗黙のルールや常識が分かっていれば、私は絶対にこんな布切れ、足蹴にしてでも逃げていただろう。
しかし、私は名門貴族の生まれでありながら、家族から「居ないもの」として扱われ、騎士としての教育を一切受けずに育ってきた。
つまりそんな裏ルールなど知る由もなかったのだ。
てっきり、「手をソースで汚しちゃったから拭いてね」という優しい気遣いだと思い込んでいた。
マリアは立ち上がり、私の両肩をガシッと掴んで、真剣な声で告げた。
「いい、ミコトさん。この騎士学校において、相手に向かって『白い布を投げる』という行為。
そして、投げられた布を『拾う』という行為……それはね」
マリアはゴクリと唾を飲み込んだ。
「神聖なる『決闘の儀式』において、正当な宣戦布告と、その『受諾』を意味するのよ!!」
「………………………………え?」
私の思考が、完全にフリーズした。
決闘、受諾。
つまり、あの先輩は私に「表へ出ろ」と喧嘩を売り、私はそれを「やってやるよ!」と元気よく買い取ってしまったということか。
……あの、肉の一切れのために?
「え、ええええええええ!? いやいやいや! 違う違う違う! 私、そんなつもり全くないし! ただの親切心で拾っただけだよ!?
今から追いかけて返せば、許してくれるかな!?」
私は半狂乱になって、手の中の呪いのアイテム(白い布)をブンブンと振り回した。
「……無理ね」
マリアは無情にも首を横に振った。
「相手は正当な手順を踏んで申し込んだし、あなたはそれを堂々と拾い上げた。
しかも、周囲の人がこんなにたくさん見ていたわ。
つまり『証人』が多数いる状態よ。
騎士の誓いにおいて、一度成立した決闘を取り下げることは、命を捨てるより重い恥とされているの。……決闘は、避けられないわね」
「ど、どどどど、どうしよう……!!」 私は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「相手は二年生の先輩だよ!? 絶対強いじゃん!
そもそも私、剣技なんてからっきしだし、体力もないし、絶対負ける……ボコボコにされて死んじゃうよぉ……!」
恐怖と絶望で涙が溢れてくる。
さっきまでの美味しいお肉の味なんて、完全にどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「あ、そうだ!」 私は藁にもすがる思いで顔を上げた。
「マ、マリアさん! これ、『棄権』って、棄権できないの!?」
「……棄権は、騎士の責務を放棄し、敵に背を向けた臆病者とみなされるわ。
もちろん、問答無用で『退学』になるわよ」
マリアの死刑宣告のような言葉が、私の心臓を貫いた。
「つまり、知らなかったとしても、決闘の円に立つしかないの」
「ええええええぇぇぇっ!? 無理だぁぁぁっ! というかこの学校、いくらなんでもよく分からない野蛮なルールが多すぎないかぁァァッ!?」
私は大食堂の床に突っ伏して、叫び声を上げた。
入学初日から、なぜ私はこうも命の危機に晒され続けなければならないのか。
しかも、今回は完全に自分の食い意地が招いた自業自得である。
「でも、一つだけ幸いな事があるわよ」
マリアが、床に這いつくばる私の背中を優しくぽんぽんと叩いた。
「どうやら、布を投げる時に『条件』は付けられていなかったみたいね。
つまり、この決闘は勝っても負けても、奴隷になるとか、退学を賭けるとか、そういうペナルティは一切なし。
ただ名誉のためのお咎めなしの決闘、ということね」
「いや、でも! 決闘ってことは、真剣勝負ってことでしょ!?
結局、木刀でボコボコに痛めつけられることには変わりないじゃないですかぁぁっ!!」
私は床をバンバンと叩いて泣き喚いた。
明日発表されるであろうFクラスでの平穏な学園生活の夢は、入学初日の夜にして、あっさりと崩れ去った。
あぁ、もう無理だ。
お肉なんかで争うんじゃなかった。
絶望の底に沈みながら、私の王立騎士学校での波乱万丈すぎる第一日目の夜は、周囲のドン引きした視線とマリアの苦笑いに包まれながら、更けていくのだった。




