新入生歓迎会にて その2
そして、ヒヨリが悲壮な決意を固めていたその真裏のテーブルにて。
「むぐむぐ! はふっ、んんっ! こ、これ美味しいっ! このお肉、口の中で溶けたよぉっ!」
私は、両手で皿を抱え込むようにして、凄まじい勢いで料理を吸引していた。
「み、ミコトさん!? ちょっと、落ち着いて! 誰も取らないから! というか、そんなに食べたらお腹壊すわよ!?」
隣でマリアが青ざめた顔で私を羽交い締めにしようとしていたが、私の暴走はもう誰にも止められなかった。
なにせ、実技試験(という名の超絶ストレス)と、これまでの移動で、私のなけなしの体力は底を突き、胃袋はブラックホールと化していたのだ。
それに、私は実家にいた頃、まともな食事をさせてもらっていなかった。
「剣も振れない穀潰しに食わせる飯はない」と父に吐き捨てられ、弟妹たちが豪華なフルコースを食べている横で、私一人だけ固い黒パンと具のない薄いスープだけで何年も過ごしてきたのだ。
(むしろおこぼれくれていいのに、というより、わざわざそれだけのために黒パンと具なしのスープを作っていたのかと疑問に思う)。
たまに屋敷を抜け出して買い食いをすることもあったが、こんな、王宮の料理長が腕によりをかけたよう高級の料理の数々を前にして、理性が保てるはずがなかった。
「あれも! これも! あっ、そっちの串焼きももらうね! どれもそれも美味しい~っ!」
私は次から次へと料理を皿に盛り、それを風のような速度で胃袋へと流し込んでいく。
私の横には、あっという間に空になった皿が、積み木のように高く積み上がっていた。
「おい、見ろよあいつ……」
「信じられない。何日飯を食ってないんだ?」
「あれだけ華奢な体のどこに消えてるんだ……まるでオークの捕食だぞ」
ドン引きしている周囲の上級生や新入生たちのひそひそ声など、私の耳には全く入っていなかった。
あぁ、幸せだ。家を出てよかった。騎士学校、万歳。
そうして夢中で食べ続けていた私は、ふと、ある一点を見つめて動きを止めた。
長テーブルの中央に鎮座する、特大の銀のプラッター。
そこに乗っているのは、見事な霜降りが輝く、極厚のローストビーフの最後の一切れだった。
じゅわっと溢れる肉汁、光り輝くソース。
あれが今日のメインディッシュの頂点であることは、私の本能が告げていた。
(あれは……絶対に、私が食べる……!)
私はフォークを構え、狙いすました鷹のようにローストビーフへと腕を伸ばした。
――ガチッッ!
「あ……」
しかし、私のフォークが肉に突き刺さる直前、横から伸びてきた別のフォークが、私のフォークと激しく交差した。
見上げると、そこには私と同じように両手に皿を持ち、口の周りにソースをつけたまま、獲物を狙う猛獣のような目をしている一人の女子生徒がいた。
襟元には上級生の意匠。
見たところ、二年生の先輩だろうか。
整った顔立ちをしているが、今は食べ物への執着で般若のような顔になっている。
どうやら彼女もまた、私と同じように食欲の権化と化していたらしい。
「ちょっと。それ、私のお肉だから!」
先輩は、フォークを押し付け合いながら、ドスの効いた声で凄んできた。
「い、いやいや! 私の方が先にフォークを伸ばすのが早かったです!」
普段なら先輩相手に萎縮する私だが、食べ物を前にして退くわけにはいかない。
私はなけなしの力でフォークを押し返した。
「いいや! 私の方があなたよりもっと早かったわ!」
「いやいやいや! 私の方がもっともーっと早かったですってば!」
「何よこの生意気な新入生! 私の方がもっともっともーっと早かったわよ!!」
私たちは、ローストビーフの上でフォークを十字に交差させたまま、小学生のような低レベルな口論を始めた。
周囲の人々が「なんだあいつら……」
「肉の切れ端で何やってるんだ……」と呆れ顔で遠巻きに見ていることにも気づかず、私たちはバチバチと火花を散らした。
「……ふん。口の減らない新入生ね」
やがて、先輩はフッと鼻で笑うと、フォークをパッと離した。
そして、纏う空気を一変させ、騎士としての鋭い眼光で私を睨み据えた。
「話し合いだけじゃダメみたいね。なら、白黒はっきりさせましょうか」
そう言うと、先輩は懐からスッと『真っ白な布切れ』を取り出し、私に向かってポイッと投げつけた。
ひらひらと宙を舞った布切れは、私の足元にふわりと落ちた。
先輩のその行動を見て、周囲が「あっ……」と息を呑むのがわかった。
しかし、私の頭の中は極めて冷静(という名の現実逃避)だった。
(あ、先輩引いてくれた、よかった。まぁでも、こういうパーティーって、無くなったらまた次のお肉のお皿が運ばれてくるはずだよね)
頭の中で「次の肉はどこから補充されるか」という計算にリソースを割いていた私は、先輩の言葉を半分以上聞き流していた。
(先輩みたいだし、これ以上揉めて目立っても仕方ないか。
私は目立たず平穏に暮らすのが目標なんだから、ここはいったん謝っておこう。
……あ、でも先輩、布落としてる。ハンカチかな?)
私は足元に落ちた真っ白な布切れを見つめた。
(そういえば、私のお口の周り、ソースでベトベトかも。もしかして、『これで口を拭きなさい』っていう先輩なりの優しさ?
それとも、単純に手が滑って落としちゃっただけかな?
どっちにしても、拾って渡して謝れば、この場を丸く収められるはずだよね!)
我ながら完璧な平和的解決策である。
私は一切の躊躇なく、しゃがみ込んでその白い布を拾い上げた。
その瞬間。
大食堂のその一角に、水を打ったような、異様なほどの静寂と緊張が走った。
「あれ……?」 私は布を握ったまま、キョトンとして周囲を見渡した。
先ほどまで呆れ顔で私たちを見ていた生徒たちが、信じられないものを見るような驚愕の表情で私を注視しているのだ。
(な、なんか周りの空気が急に重くなったような……?)
得体の知れない不安を感じながらも、私はとりあえず当初の目的通り、立ち上がって先輩に布を差し出した。
「あの、先輩、これ落としましたよ? お肉は譲るので、これで機嫌直して――」
「……応じた、ということね」
私の言葉を遮り、先輩は口角を吊り上げてニヤリと笑った。
「えっ? えっ? 応じた?」 訳が分からず、布を持ったまま首を傾げる私。
「いい度胸よ、新入生。日時はまた追って連絡するわ」 先輩はクルリと踵を返し、背中越しに冷酷な一言を放った。
「――これは、『正当な果し合い』よ。逃げられないからね」
「……は?」
果し合い? 私はぽかんと口を開けたまま、颯爽と去っていく先輩の後ろ姿を見送った。
そして、手の中の白い布と、遠巻きに私を憐れむように見ている周囲の視線を交互に見比べていた。




