第9話 領域展開
真っ先に脳裏に浮かんだ二文字、逃走。
彼女が"絶界の去刀"を展開している合計時間を考慮すると、今この空間を全力で殴れば壊すことができるようにも思える。
「"絶界"か……どうやって破ろうか?」
彼女が攻撃を防御している間、"絶界"と"絶界の去刀"を同時に発動することになる。
……"絶界の去刀"の空間展開を"絶界の去刀"と呼称するとわかりづらいな。
「なあ、この空間を展開する技には名前ないのか?」
喋りながら斬撃をかわす。そして、攻撃の意思を見せる拳を振る。"絶界"で阻まれる。
彼女は見るからにいらいらしていた。掠る程度の攻撃しか当たっていないからだろう。
「ありますが教えませんよ」
「教えてくれた方が、維持できる時間長くなるんじゃないか?」
息が上がりながらも、何とか避け続ける。
「……"領域展開"です」
ボケた名前つけやがって。
「聞かなきゃよかった」
このままだと、"領域展開"の維持ができなくなるよりも先に俺の息が続かなくなる。
一度距離を取ろうか、と考えるがあまり意味がない。相手の刀の射程が変わる以上、むしろ斬撃の軌道が見えない遠距離戦の方が不利だ。
続け、息。
その瞬間、腹に強い衝撃を食らって、一気に息を吐く。同時に、酸欠と痛みで視界が弾ける。咄嗟にバックステップを踏む。
「意識が、刀に行きすぎです」
――何をされた?
視界が戻るまで、思考を最速で回す。……たぶん、腹を蹴り上げられた。
刹那、直感だけで右に跳ぶ。
「これも避けられるんですか……」
死を覚悟した。直感だけで何とかやり過ごしているが、もう三回は死んでいてもおかしくない。
「お前は回避とか必要ないもんな……」
ここまで来たら、もう会話で時間を稼ぐしかない。
「社長とは、どんな関係だったんだ?」
「親子です」
「そうだと思うけど。ほら、良好だったとか、不仲だったとか」
「時間稼ぎには応じません」
居合の構えから、即座に抜刀。
厄介なのは、遠距離だと居合術だから斬撃の軌道が読みにくい点。
しかし、直感で真上に跳んで回避する。
危ない。もし体勢を低くしていたらもろに食らっていた。
距離を詰めて、"絶界"を使わせる。そして集中力を早く削る。一刻も早く、"領域展開"を終わらせるのが俺が助かる道だ。
「あとちょっとで、"領域展開"を維持できなくなる。そうだろ」
「……領域が終わったところで、あなたが有利になることはないですよ」
「逃げれるようになるだろ。それが一番の目玉だ」
ミスリードする。俺の本当の目的は、逃げることではない。
"領域展開"が終わった瞬間、俺は逃げる。そう強く意識させたところで、追ってきた彼女に不意打ちの一撃を食らわせる。
一番初め、俺の初撃を食らったように、"絶界"は相手の攻撃の瞬間に合わせて展開する必要がある。意識外からの攻撃ならば、ダメージを入れられる。そこで"神威"を叩きこむ。
――踏み込む。
斬撃のカーテンを、潜り抜ける。
拳を構えて、インパクト。
もちろん"絶界"により防がれる。
――その瞬間、全方位に広がる「白」にひびが入った。
「きたッ!」
「くっ……」
刹那、俺は合代さんに向けて全力で走り出す!
領域が崩壊。……周囲の風景が見える。遮るもののない長い廊下。
彼女は目を見開いて、居合。しかし狙いがブレブレで、ひらりとかわして打撃。
どうやらまだ"絶界"を展開する余力があったようで、届かない。
「ならば!」
打撃が当たった場合、一定時間魔力使用を禁止する。その縛りを結び、発動するのは。
「魔拳流奥義"八百万神"!」
二十二連撃。
すべて防がれるが、二十三発目に、俺の打撃を掌で受けてバックステップを踏んだ。
「もう限界か」
――踏み込み。
先ほど掌で受けられた打撃、あれが「当たった」という判定になり、縛りの効果で俺は魔力を封じられている。
一方、合代さんも長時間の"領域展開"と何十回もの"絶界"の展開によって、著しい集中力低下が起き、魔力を扱うことができない。
拳のみ。
俺の右フックを避けた彼女が、カウンターで左腕を振りぬく。咄嗟に左腕でそれを受けるが、ガードしてなおダメージが響く。
「――かはっ」
何度見ても思う。彼女の身体は、近接戦闘の適性が高すぎる。
それに、咄嗟に刀を右腕に持ち換えて左でカウンターを出す戦闘センス。
「天は一人に二物を与えてしまった」
最強の固有能力、抜群の戦闘センス。そして、恵まれた生まれ。
「もう、"転移"すら発動できないよな」
「時間をかけすぎました」
だが、彼女の抜群の魔力センスを見るに、すぐに再び固有能力を使えるようになってもおかしくない。
「決着をつける」
――踏み込み。
こちらの体力も限界。万全の状態ほどの速度は出ない。
「魔拳流奥義"神威"」
簡易的な"神威"。
普段の"神威"は、その場から動かないという縛りだったり、当てにくいというリスクだったり、そういうもので威力を上げている。
だが、この場においてはその必要はない。身体を貫通させなくていい。一撃で、戦闘不能にさせることができればいい。
刀による斬撃を、高く跳んでかわす。上空からの、"神威"。
直撃。
拳で彼女の顔面を強打する。
鼻と唇から流血。あまりの痛みになのか、彼女はその場に崩れ落ちた。
「女性の顔面を殴るなんて、最低ですね……」
「人の身体切断しようとした奴に言われたくない」
「いいですよ、とどめを刺しても」
「こっちはアウェーなんでね、勝利したという事実だけ受け取っておく」
ここはおそらく、合代不動産のオフィスのなか。今に騒ぎになるだろう。長居していられない。
「それじゃあさようなら。仲間を呼びたきゃ呼べばいい」
体力は限界に近づいている。先ほどの"神威"を撃つために縛った魔力は戻っていない。
しかし、残った体力を振り絞って駆ける。目指すは、窓のある場所。窓を叩き割って飛び降りる。
ここが何階かわからないため、致命傷になるリスクもあるが……そこは俺の固有能力で解決する。
逃げの道筋が、立った。




