9 ミランダが悪役令嬢になりたい理由
しどろもどろになんとか説明をしようと試みるミランダの言葉を引き受けたのはララだった。屈託のない笑顔には悪意がないことがわかる。彼女が悪気なく言ったのだとわかる、わかるのだが…。
フレッドが思いっきり吹いた音を聞いて、思わずミランダは彼の足を勢いよく踏みつけた。
「イッテェ!? あ〜えーと、そう。そうなんです。彼女は俺たちの協力者でして。ただ、諸事情で身分を明かすことができないため、仕方なくこのような格好をしているんです」
「キティ嬢。決して、これはわたくしの趣味ではないことだけはお伝えしておきますわ…」
沈痛な面持ちで苦々しく呟いたミランダ。
「な、なるほど。では、なんとお呼びすれば…?」
「え、えーとそうですわね…」
「仮面の騎士様とかどうかな?」
「いや、ララ。ちょっとダサくない? 仮面のお嬢様でいいじゃん!」
「ミラと、お呼びください。間違っても二人が挙げた名前では呼ばないでくださいまし。蕁麻疹が出そうですわ」
はっきりと言ったミランダに、キティはその圧に負けるようにコクコクと頷いた。
「それでフレッド? 彼女に今回の結果をお話してあげた方がいいのではなくて?」
「ああ、そうだった。それじゃあ、キティ嬢。今回のご依頼の結果なんですが…」
フレッドは、キティに余すことなく結果を伝えた。想い人であったアンソニーの裏切り。そして、アンソニーはキティだけではなく、多くの女性をも裏切っていたことを。その裏切りは、貴族である婚約者にすら及んでいたことを。裏切りの事実は文面と写真によって、余すことなく証明されていた。中には刺激的なものもあったが、キティは動揺することもなく冷静に報告を聴き終えた。彼女の目から、涙はもうこぼれ落ちていなかった。
ミランダは、その様子を静かに見つめていた。彼女は悪い男に捕まっただけだといえばその通りではあるのだが、そんな一言で済むほどの軽い傷を負った訳ではないのだ。
そこには言葉にできないほどの痛みがあって、苦しみや葛藤がある。自分にも、同じ痛みが理解できた。
ミランダだって、シモンの裏切りを初めて目の前にした時、彼女のように憔悴し、苦しみ、動揺した。幾夜も涙を流した。それでも解決はしなかった。精神に限界を感じ、父や母にあらいざらい話してみたけれど「男の人はそういうものだから」と相手にすらしてくれなかった。あの時感じた絶望を、今でも思い出す。シモンとは、愛を育むことはできなくてもなんとなくうまくいくような気がしていたのだ。彼は女性に興味がないとばかり思っていたから。きっと、貴族として現実的な関係でいられるとばかり思っていたのだ。
そして、自分がシモンに恋をしていたのだと気づいたのも、裏切られた時だった。あの思いは確かに恋で、自分はちっとも現実的な考えなどしていなかったのだと。初恋はあっけなく最悪の形で散って、今なお終わらせずにいる。愛は姿を変え、ミランダは、アンソニーもシモンのことも憎んですらいる。




