第11話 入学試験
最初は、筆記試験だった。
この筆記試験をクリアするためには、様々な知識を網羅する必要がある。
魔法理論はもちろんのこと、魔物学、迷宮学、戦術論に歴史と倫理。
ただ、幼い頃から英才教育を受けてきたレイドリアにとっては、それほど難しいものではなかった。
迷宮の地図を見て、効率的で安全なルートを書きなさい、だの、古代文字を翻訳しなさいだの、レイドリアには見飽きた問題ばかりだった。
(何点くらいで調整しようか……)
問題があるとすれば、これだけだった。
満点は四百点。例年なら、ボーダーは300〜350程度。
(ならば360……いや、370でいいか?)
そうと決まれば早かった。
なるべく自然に見えるように誤答を書き連ねると、まだまだ時間が余っているというのに、レイドリアは居眠りを決め込んだ。
これも、悪徳貴族らしい『不真面目さ』の演出だった——のだが、必死に回答用紙と向き合う受験生たちにそれを認識する余裕はなかった。
唯一気がついたのは、その必要がないエレアだった。
*
次に実技試験だ。
試験の具体的な内容は、直前に知らされることになっている。臨機応変さも問うているらしい。
長い列に並び、しばらく待つとレイドリアの番がきた。
部屋には蝋燭が並べられ、試験官が二人いた。
「本名をフルネームで教えさない」
そのうちの一人、若い女の試験官が言う。
「レイドリア・ヴィアーヌです」
「ではレイドリア・ヴィアーヌ。今から実技試験の内容を伝える」
「はい」
「今から魔法を使用して、この八本の蝋燭の火を一本ずつ消しなさい。魔法の種類は問わない。間隔が一秒以下の場合は、同時に消されたものと見做す。では、始めなさい」
女の教官が内容を伝えている間に、もう一人の教官が蝋燭に火を灯していた。
(なるほど。魔法の威力より、精度を試す試験か)
選択肢はいろいろあったが、レイドリアはシンプルな方法を取ることにした。
「では始めますが……部屋の換気と、できればガスマスクの着用をお勧めします」
「なに?」
「〈毒霧〉」
ガスマスクをお勧めします、などと言いながら、その時間を与えずに、レイドリアは魔法を放った。
〈毒霧〉の操作によって蝋燭を消そうと試みたのだ。
霧は蝋燭まで到達し、フッ、と一本の火を消した。
「ほぅ……」
興味深い、といった表情を作る女教官を無視して、霧を二本目の蝋燭に向ける。
同じように、二本目の蝋燭も消える。
三本目も四本目も完璧に消してみせた。
(こんなもんだろう)
もともと、この試験は即興にしては難しすぎるとレイドリアは感じていた。だから、四本も消すことができれば十分だろうと読んだのだ。
毒霧は突如制御を失ったかに見えた。
残った四本の蝋燭の火は、《《同時に》》消えた。
「くそっ!」
迫真の演技だった。何も知らない者が見ていたら騙されたに違いない。
だが——
(こいつ……! 今、同時に……?)
試験官は勘付いていた。
霧を使って、同じ角度から、全く同時に、蝋燭の火を消す。これは一本ずつ消していくよりもさらに高度な技術だった。
偶然か、必然か。
それを測りかねている間に、レイドリアは退出していった。
*
次は面接だ。
場所は石造りの講堂奥に設けられた一室。
扉をノックすると、中から『どうぞ』と声がした。
「失礼します」
恭しく一礼する。
狭すぎず、広すぎず——だが、その部屋を包む空気は妙に張り詰めていた。
普通の受験生ならば、ここで頭が真っ白になってもおかしくない。
だが、そういったことに縁のないレイドリアは、促されると滑らかな動作で着席した。
試験官は三人。
「では、名前を」
「はい。レイドリア・ヴィアーヌです」
「よろしい。ヴィアーヌ家のご子息ですな」
試験官の顔が若干歪む。
世間でのヴィアーヌ家の印象は、今も変わらず『悪徳貴族』である。
「ではまず、志望理由を」
年老いた男の面接官だった。
「特別な理由はありません。オルト学院は王国における最高学府ですから、より高い技能と知識を学ぶために、ここに来ました」
レイドリアは正直に答えた。
「特に理由はないと……?」
だからこそ、面接官のこの言葉に、レイドリアは心底驚いた。
レイドリアにとってこれは立派な理由であったつもりだ。他の受験生は、よほど殊勝な理由を述べているようだった。
「いえ、先ほど述べたことが正直な志望理由であり、それが全てです」
「そうですか」
(やけに歯切れが悪いな)
「それで、貴殿はオルト学院に入って、何がしたい? 何を為したい?」
「難しい質問ですが……やはりまずは、堅実に、卒業を目指します。あと、研究には興味があります」
「卒業さえできれば、それでいいと?」
「語弊を恐れずに言うならば、そうです。できれば穏やかに四年間を過ごしたいと思っています」
「ほぅ……ヴィアーヌ家のご子息ともあろう者が、その程度の野心とは」
噛みついてきたのは、それまで黙っていた目つきの鋭い軍人風の面接官だった。
「……どういう意味でしょうか」
「ヴィアーヌ家といえば、様々な政治的トラブルに名を連ねる悪徳貴族ではないか。次期伯爵として、その責任はどう感じているのかね?」
男の挑発に、レイドリアは眉ひとつとして動かさなかった。
「身内の悪行は、確かに不名誉ではありますが、自分に責任の所在があるとは思いません。それに、オルト学院は血筋による判断を行わないと聞いています」
澱みはなかった。
「口は立つようだな」
「恐縮です」
ピリピリとした空気が張り詰める。
「さて、レイドリア殿。事前の資料では、貴殿は毒魔法が得意とのことだが、間違っていないね?」
今度は眼鏡をかけた文官風の男が言った。
「はい。相違ありません」
「なぜ、そのような魔法を? 毒魔法は場合によっては『禁忌魔法』に分類されることもある魔法だ。極めるには不適ではないか?」
「……たしかに、毒魔法を嫌厭する文化圏もありますし、見た目も地味、名誉にもなりにくい。ですが、私は毒魔法は非常に有用な魔法であると確信しています」
「それは、どういった面で?」
「毒魔法は、抑止力になり得ます」
この言葉に、三人の面接官が姿勢を正した。ふんぞり返って聞いていた軍人風の面接官ですら、体を前に起こして、これからのレイドリアの言葉を聞こうとする。
「他の魔法——例えば水や火属性は、激化した争いの、その大火を鎮める術になるでしょう。しかし毒魔法は、まだ小さな火種を鎮火する術になり得ます。戦いを終わらせるのではなく、戦いを始めさせないことができる。そこに、私は毒魔法の価値を感じます」
「面白い考えだ。戦いを始めさせない、というのは、暗殺などといった形で、ということか?」
「そうとっていただいてもかまいません」
しばらく、この部屋を沈黙が支配した。
「貴殿の考えはよくわかった。これで面接は終了とする。退出するが良い」
それを破ったのは老人の言葉だった。
「丁寧な審査、ありがとうございました」
レイドリアは一礼して、部屋を去っていった。
三人はレイドリアの足音が聞こえなくなるまで、その方向を向いていた。
「どう思った?」
老人が二人に問う。
「あれは……只者とは思えませんね。用意してきた答えにも見えなかった」
次に眼鏡の男。
「俺の挑発にも乗りませんでしたからね。至って理性的と見える」
これは軍人風の男。
「ただ……毒魔法とは、また問題児候補だな」
最後に呟いた老人の言葉に、二人は力強く頷いた。




