第10話 オルト学院
霜の月十二日。
この日はいよいよオルト学院の入学試験の日だった。
レイドリアは念の為前々日から王都に滞在していた。
「レイ。あんた緊張感なさすぎ。あと一時間もしたら出発なんだからね」
婚約者である、エレアと共に。
「そうは言ってもねぇ。俺もエレアも、落ちるってことはまずないし」
「もう。そんなこといって。思わぬところで足元を掬われないとも限らないのよ?」
「俺だって学院に行けばスイッチは入るさ」
「……まったく、どうだか」
この数年で、エレアとレイドリアの仲はかなり深まっていた。定期的にレイドリアはガルメル領へ赴いていたし、文通も交わしていた。
「ここからだと三十分もかからないんだったよな」
「えぇ。でもさすがに、余裕をもって行くわよ」
「わかってるって」
ここはガルメル公爵家の王都における拠点であった。
レイドリアとエレアが学院に入学した暁には、ここで共同生活を送ることとなっている。
この屋敷にはレイドリアとエレアの他に、それぞれの専属メイドであるサニャとセリカもいた。
「にしても今年から入試の科目に変更があるとはなぁ」
「そうね……急なことだったし、準備ができていないのはみんな同じだけど……」
入学希望者に今年の入学試験の内容が送られてきたのは、今から三週間ほど前。
従来の入試では、面接、筆記、実技、模擬戦の四つの項目が判断基準となっていたが、今年からは模擬戦がなくなり、代わりにダンジョン演習という項目が加わった。
「五人程度のグループで、学院が所有する迷宮に挑む……だったな」
「えぇ。学院生専用、フェンブラス訓練迷宮をね」
「タズフェル迷宮を定期的に狩り行けたのは僥倖だったな」
「羨ましいわ。それ——じゃなくて、早くあんたも準備しなさいよ」
「わかってるって」
そう言うと、レイドリアはようやく重い腰を上げた。
*
「ここがオルト学院」
レイドリアもエレアも、来るのは初めてだった。
「話には聞いていたけど…‥立派ね」
エレアもポカーンと口を開けで大きな学舎を見上げた。
「さて、そろそろお別れだ。エレア」
レイドリアがエレアの婚約者であることは周知の事実だ。一緒にいてもなんら違和感はない——と言うより、一緒にいて然るべきだが、レイドリアは悪徳貴族を演じる上で、学院内でエレアと積極的に絡んでいくのは得策ではないと判断した。
だから、形だけの婚約者であり、お互い眼中にない、というスタンスをとることにした。
それに猛反対したエレアを納得させるための条件が、学院が終われば共同生活を送る、というものだった。
エレアは若干口を尖らせながらも、文句を言うつもりはないらしかった。
「じゃあまたあとでね」
「おう。しっかりやれよ」
「そっちこそ」
*
十時になるのと同時に、学院の尖塔から鐘の音が鳴り響いた。
広場にはおよそ六百人ほどの受験生が集っていた。オルト学院の試験は十日間に分けて行われる。つまり、受験生は単純計算で六千人に迫るということだ。
その中で合格者は二百名。オルト学院は、本当に狭き狭き門なのだ。
受験生たちの視線の先には、壇上に立った老人がいた。長い白髪を後ろで結び、悠然と受験生たちを見下ろす。
彼こそが、オルト学院の学院長、アゼル・カラトゥスである。
「よくぞこられた。前途ある若人たちよ」
決して大きくはなかったが、間違いなく全員の耳に届く声だった。魔法を使っているのだろう。
「今日の入学試験では、筆記、面接、実技、そしてダンジョン演習という四つの試験を行い、その結果を総合的に鑑みて合格者を決定する」
気のせいかもしれないが、『総合的に』という部分に、やけに含みがあると、レイドリアは感じた。
「……そう。気づいた者もいるようだが、この試験で見ているのは、何も結果だけではない。実技で失敗しても、ダンジョンで結果が出なくとも、合格する可能性はある。我々は君たちを数字に換算して判定するのではなく、各々の才を、この目で確かめて合否を判定する」
少しのざわめき。しかしそれもすぐに収まる。学院長の口が開きかけたからだ。
「与えられた任務をどうこなすか。仲間とどう生き延びるか。魔力をどのように使い、どのように《《使わない》》か。我々は君たちの全てを見ている。命を賭けろなどと言うつもりはない。しかし、それくらいの気概がなければ、この学院の門は開かない」
アゼルの言葉に力が籠る。
「孤児も平民も貴族も、我々は何も問わない。血筋も、環境も、努力も、ここでは何も意味をなさない。ただ——力を示せ。才を見せつけろ」
多くの受験生が気圧される。当然、レイドリアは例外だ。
「君たちの奮闘に、期待している」
そう言って、アゼルは壇上から降りた。
万雷の拍手が注がれた。
オルト学院の入学試験が、始まった。




