境界線の融解──完熟アボカドのネギ塩豚丼──
──世界は、香ばしい肉の焦げ目と、それを無化する黄緑色のドグマが白米の上で激突する、背徳のタイムラインにディップされる。
「マスター……今日の昼間、管内で迷子の飼い犬を保護したんだがね。その犬の黒緑色の毛並みが、どう見ても『完熟一歩手前のアボカドの皮膚』に見えて、思わず『今が食べ頃ですね』って飼い主に言いそうになったんだ……。私の倫理規範はもう限界かもしれない」
また数日後の深夜、パトロールの合間に吸い寄せられるようにやってきたお巡りさんは、もはや言い訳すら放棄してカウンターにしがみついた。
彼の制服の胸元には、前回のカルボナーラうどんの黄緑色の飛沫が微かに付着しており、それがまるで『ワカモレの黙示録』の刻印のように不穏に鈍く光っている。彼は至って「健常」な人間のはずだったが、その精神の防衛線は確実に薄皮を剥ぐようにめくられていた。
「落ち着いてください。ただの職業病(仕様)ですよ」
僕は、原型を失いかけたカウンターの上に、湯気を立てる大どんぶりをコト、とサーブした。
『境界線の融解──完熟アボカドのネギ塩豚丼──』。
それは、深夜の男たちが泣いて喜ぶガッツリ系どんぶりだ。
純白の白米を覆い隠すのは、ごま油とニンニク、粗挽き黒胡椒でガンガンに炒められた大量の豚バラ肉。しかし、そのジャンクな肉の絨毯を半分以上ハッキングするように、美しくスライスされた【アボカド】のレイヤーがねっとりと敷き詰められ、仕上げにドロリとした特製ネギ塩ダレが回しかけられていた。
「豚丼……! おいおいマスター、ただでさえ脂っこい豚バラ肉に、さらに『森のバター』をトッピングするなんて、これはもはや胃袋に対する公務執行妨害(情け無用)じゃないか?」
「ただのスタミナメニューですよ。深夜の定食屋やガテン系の弁当屋でも定番の、ありふれたドカ食い飯です。さあ、スプーンで肉とアボカド、そして白米の境界線をすり潰してください」
世間一般の人間は、アボカド豚丼を「ネギ塩の酸味で意外とさっぱり食べられるヘルシー丼」だと思っている。だが、それこそが隠蔽されたミームだ。
豚の動物性脂質(強烈な現実)と、アボカドの植物性脂肪酸(濃厚な虚無)。この相反する二つの脂質パケットが、ニンニクという強力な触媒によって口内でエマルジョン(乳化)したとき、それは健常な人間の満腹中枢を完全にバグらせる。
「くっ……私の右手が勝手に動く……!」
お巡りさんはスプーンを掴み、肉とアボカド、そしてタレの染みた白米を一気にすくい上げ、口内へとマージした。
ガブッ、モグ、ねっちょり……。
強烈なニンニクの香りと共に、すべてを飲み込む濁流が彼の喉を襲った、次の瞬間──。
「──ッ、あ、ガハッ……! 境界線が、肉と緑の境界線が消えていく……ッ!!」
お巡りさんの喉から、深夜の路地裏に響き渡るような、語彙力を喪失した絶叫が漏れた。
口内で起きたのは、完全なる「質感の暴動」だった。
カリッと香ばしく焼かれた豚バラ肉のジューシーな旨味。それを、アボカドのねっとりとした濃厚なコクが瞬時に包み込み、ネギ塩の塩気が全体の輪郭をキリッと引き締める。噛むたびに、白米がその全脂質を吸い尽くし、彼の脳内メモリを強制的にリブートさせていく。
「美味いいいいい! 豚の脂の暴力的な美味さを、アボカドの脂肪酸が優しく、しかし圧倒的な質量で包み込んでくる! 噛んでいるのに、喉の奥に滑り落ちていく感覚が滑らかすぎて、これはもう食べ物じゃない、飲む液体ドグマだあああ!」
深夜の電信柱の影で、スズメが「チュン」と鋭く鳴いた気がしたが、今の彼には届かない。
ふと見ると、店の外の暗がりに、脳を脂肪酸で満たした要注意団体『ワカモレの黙示録』の狂信者たちが集結していた。彼らはオカルト掲示板の「深夜のドカ食い気絶部・警察支部」のスレッドをスマートフォンで実況しながら、「あのお巡りさん、もうすぐ完全にこちらの抱卵セクターにハッチングするぞ」と、静かに三角形のチップスをご飯粒に見立てて掲げ、恍惚とした表情で祝福していた。
どんぶりの中の白い山が、猛烈なスピードですり潰されていく。
第一章の崩壊を生き延びたこの世界線で、お巡りさんの防衛線は、肉と黄緑のカオスの中に完全にディップされていった。
「マスター! お代わりだ! どんぶりごと私を逮捕してくれ! この美味さは現行犯だ、私の全タイムラインをこのネギ塩ワカモレで埋め尽くしてくれええええ!」
「毎度あり。明日の職務質問に影響が出ない程度に、たっぷりサーブしてあげますよ」




