白と黄緑の思考停止──完熟アボカドの濃厚カルボナーラうどん──
──世界は、純白の弾力と黄緑色のソースが絡み合う、噛み締めるたびに理性がすり潰される境界線でディップされる。
「マスター……夜勤の後半に入ってから、無線から聞こえるコードが全部『ア……ア……』ってノイズに聞こえるんだ。私の耳のパトロール機能(自律神経)がおかしくなってしまったのかもしれない……」
数日後の深夜、再びアボカド専門店『ザ・インキュベーション』の引き戸を開けて現れたお巡りさんは、早くも前回のカレーによる「適合の兆候」を見せていた。制服の隙間から覗く肌は至って健常な人間のものだったが、その目は明らかに、深夜にしか得られないあの黄緑色の多幸感を求めて彷徨っている。
「落ち着いてください。ただの疲労による幻聴(仕様)ですよ」
僕は、原型を失いかけたカウンターの上に、新しく精製した大鉢をコト、とサーブした。
『白と黄緑の思考停止──完熟アボカドの濃厚カルボナーラうどん──』。
それは、ただの夜食のうどんではない。
器の底に沈むのは、唯一神「ニワトリ」の支配下にある日本の伝統・純白の極太うどん。しかし、それを完全に覆い尽くしているのは、限界まで完熟させてすり潰したアボカドに、生クリームとパルメザンチーズを攪拌した高密度なエメラルドグリーンの特製ソース。さらに頂点には、現実を縫い留めるピンのように、カリカリに焼かれたベーコンと、唯一神の卵黄が載せられていた。
「うどん……だと? カルボナーラにアボカドを混ぜた上に、それをパスタじゃなくて、うどんに絡めるなんて……マスター、これはもはや日本の治安維持(常識)に対する挑戦じゃないか?」
「ただの和洋折衷アレンジですよ。深夜のコンビニのチルド麺コーナーでも時々見かける、ちょっとジャンクな大衆食です。さあ、その箸で、中央の卵黄を突き破ってください」
世間一般の人間は、アボカドカルボナーラを「クリーミーで女性に人気のパスタ風うどん」だと思っている。だが、それこそが欺瞞だ。
うどんの持つ「圧倒的な保水性と弾力」に、アボカドの「ねっとりとした脂肪酸ドグマ」が絡みついたとき、それはただの小麦粉の塊から、人間の咀嚼中枢を麻痺させる『精神遮断兵器』へとハッチングする。
「くっ、私の脳が、この太い白い線を啜れと命令している……!」
お巡りさんは箸を掴み、中央の卵黄をぷつりと突き破った。黄金色の液体が、アボカドの黄緑色のソースと混ざり合い、マーブル状の禁忌の色彩へと変貌していく。
彼はそれを、豪快に持ち上げて口内へと引きずり込んだ。
ズ、ズズズッ……!
太いうどんがソースをこれでもかと巻き上げ、彼の口内で暴れ狂った、次の瞬間──。
「──ッ、あ、ガハッ……! 思、思考が……停止する……ッ!!」
お巡りさんの喉から、法律を遵守する人間とは思えない恍惚の絶叫が漏れた。
口内で起きたのは、完全なる「質感のディストピア」だった。
歯を押し返すうどんの力強い弾力を楽しむ暇もなく、熱によって完全に融解したアボカドの濃厚なオレイン酸と、チーズの乳脂肪が舌の表面をコーティングしていく。噛めば噛むほど、うどんの甘みと脂肪酸のコクが乳化し、彼の健常な脳の処理能力を100%超えさせていく。
「美味いいいいい! 麺の一本一本が脂肪酸のドグマでギトギトにコーティングされていて、喉を通り過ぎる感覚すらねっとりしている……! 卵のコクとアボカドのクリーミーさが合わさって、脳の無線が完全にジャミング(混信)されていくんだあああ!」
深夜の街路樹の陰で、スズメが「チュン」と鳴いた気がしたが、今の彼の耳には、うどんを啜る自身の暴力的な音しか聞こえない。
ふと見ると、店の外の暗がりに、脳を脂肪酸で満たした要注意団体『ワカモレの黙示録』の狂信者たちが集結していた。彼らはオカルト掲示板の「深夜の麺類スレ」をスマートフォンで監視しながら、「国家権力が、今度はうどんの形をしたドグマに胃袋をすり潰されている」と、静かに三角形のチップスをどんぶりの形に並べて祝福していた。
器の中の白い線が、猛烈なスピードで消えていく。
第一章の崩壊を生き延びたこの世界線で、お巡りさんの防衛線は、白と黄緑のカオスの中に完全にディップされていった。
「マスター! お代わりだ! 追い飯をくれ! この残ったソースを、一滴残らず私の胃袋に現行犯逮捕させてくれええええ!」
「毎度あり。次の夜勤の巡回に遅れない程度に、たっぷり攪拌してあげますよ」




