皮ごと直火の胎和──完熟アボカドの丸ごと明太マヨ焼き──
──世界は、限界まで熱せられた黒緑色の殻と、マグマのように爆ぜる明太マヨの泡が織りなす、網膜が焼き切れるほどのピンクと黄緑のカオスにディップされる。
「マスター……。私の『旭日章(警察章)』がね、最近どう見ても、綺麗にカットされた『アボカドのスライス』に見えるんだ。同僚からも、お前の敬礼は妙にねっとりしているって不審がられてね。……ほら、今日はこれを持ってきたよ。これで、アレを、食べさせてくれ……」
深夜、もはや深夜のパトロールという名の「巡礼」を欠かさなくなったお巡りさんは、懐から厳重に白い布に包まれた何かを取り出した。
彼が差し出してきたのは、実家からわざわざ取り寄せたという高級な木津川塗りの「マイお箸」。
それは、現実のファブリックを正確に突き刺すために彼自身が用意した、彼だけの『聖なるクチバシ』だった。
「覚悟はできているようですね。……お待たせしました。『皮ごと直火の胎和──完熟アボカドの丸ごと明太マヨ焼き──』です」
コト、と耐熱皿の上にサーブされたのは、今までの皿とは明らかに一線を画す、グツグツと沸騰する球体だった。
半分にカットされ、中央の核をくり抜かれたアボカド。その漆黒の殻をそのまま天然の頑強なオーブン(抱卵セクター)に見立て、空洞の深淵に、これでもかと流し込まれたのは、たっぷりの辛子明太子とマヨネーズ。
オーブントースターの超高熱によって、マヨネーズの脂質が完全に分離して透明な油の川となり、その上で明太子の無数の魚卵(ミクロの現実)がプチプチと狂ったように弾け、焦げ目を帯びていた。
「アボカドを器にして、その中で明太マヨを煮立たせるなんて……! マスター、これは完全に私の職務権限を越えた、超法規的な美味だぞ……!」
「ただの定番の居酒屋メニューですよ。女性が『ちょっとこれ美味しいよね』と注文する、ありふれた創作前菜です。さあ、ご自身のクチバシで、その底無しの深淵を抉ってください」
世間一般の人間は、アボカドの明太マヨ焼きを「ピリ辛の明太子とクリーミーなアボカドが絶妙にマッチした、お酒が進むおつまみ」だと思っている。だが、それこそが隠蔽されたミームだ。
マヨネーズという名の「純粋卵白脂質」と、明太子という名の「数百万の魚卵の怨嗟(現実のパケット)」。これをアボカドの「濃厚な不飽和脂肪酸」というセクターの中で、同時に熱変性させる。
それは、スプーンや箸を入れた瞬間に、熱せられた脂質と痛覚(辛味)がエマルジョン(乳化)を起こし、人間の前頭葉の防衛システムを内側から爆破する。
「くっ……私の聖なるクチバシが、緑の肉厚の壁へ吸い込まれていく……!」
お巡りさんはマイ箸を強く握り締め、沸騰する明太マヨの濁流を突き破り、その奥にある熱々でトロトロに溶けたアボカドの果肉ごと、グイッと大きく抉り取った。
ピンク色の泡と黄緑色の泥が、彼の箸の先端で不穏に絡み合う。
それを、一気に口内へ──。
「──ッ、あ、熱っ……ガハッ、プ、プチプチ、ねっちょりいいいいいッ!?」
お巡りさんの身体が、制服のボタンが弾け飛ばんばかりに、カウンターの上で激しくのけ反った。
口内で起きたのは、単なる「熱くて美味しい」というレベルの現象ではなかった。
熱によって極限まで活性化されたアボカドのオレイン酸が、舌の味覚受容体をねっとりと完全にコーティング。そこへ、焦げたマヨネーズの暴烈なコクと、明太子の鮮烈な辛味が、数万の魚卵のプチプチとした弾裂音と共に脳内へと直接ダイレクトアタック(公務執行)を仕掛けてくる。
「美味すぎる……ッ! 熱い、辛い、だけどアボカドが優しく、どこまでも優しく脳の防犯アラームを解除してくるんだ! 明太子の粒々が、脂肪酸の海の中で完全に暴動を起こしているのに、胃袋がそれを喜んで受け入れているううう!」
深夜のガード下で、スズメが「チュねっとりン」と不自然な周波数で鳴いた気がしたが、今の彼の鼓膜には、自身の脳内メモリが完全に黄緑色へと上書きされていくノイズしか聞こえない。
ふと見ると、店の外の暗がりに、脳を脂肪酸で満たした要注意団体『ワカモレの黙示録』の狂信者たちが集結していた。彼らはオカルト掲示板の「お巡りさん、ついにマイ箸を持参」のスレッドを実況しながら、「あの国家権力、アボカドを皮ごと抉り食ってやがるぞ。完全にこちらの世界線へハッチングしたな」と、静かに三角形のチップスをパトカーのサイレンの形に並べて、恍惚とした表情で祝福していた。
漆黒の殻(器)の底が、お巡りさんの箸によってガリガリと削られ、猛烈なスピードで白くなっていく。
第一章の崩壊を生き延びたこの世界線で、彼の健常だった防衛線は、ピンクと黄緑の熱狂の中に完全にディップされていった。
「マスター! お代わりだ! この皮の裏に残った繊維まで、一滴残らず私の全タイムラインから押収させてくれええええ!」
「毎度あり。次の臨界攪拌に遅れない程度に、たっぷり抉ってあげますよ」




