秩序の崩壊──新・臨界攪拌ワカモレ(ポテトフライ添え)──
──世界は、五感と理性の防衛線を完全に喪失し、制服のまま黄緑色の深淵へとディップされる。
「ワカモレ……こちらワカモレ……。至急、大いなる抱卵セクターへ、高密度不飽和脂肪酸の応援を要請する……」
深夜、店の引き戸をドスンと色を失った音で開けて入ってきたお巡りさんは、もはや警察無線ではなく、自身の拳を耳に当ててブツブツと呟いていた。
その目は完全に血走り、制服のネクタイは歪み、手には前回の「マイお箸(聖なるクチバシ)」を固く握り締めている。彼はまだ、人間の形をした国家権力の姿を保っていたが、その内側のロゴス(理性)はすでにボロボロのワカモレへと攪拌されていた。
「マスター……私の脳内の無線がね、さっきから全部『ワカモレ、応答せよ』ってジャミングされているんだ。パトカーのサイレンも、全部『チュねっとりン』って鳴っている。もう、引き返せないんだ……」
「落ち着いてください。ただの夜勤の疲労による混信(仕様)ですよ」
僕は静かに、鈍い鈍色を放つ特注の石鉢を、カウンターの原型を失いかけた世界へとサーブした。
『秩序の崩壊──新・臨界攪拌ワカモレ(ポテトフライ添え)──』。
それは、第一章のラストで世界を終わらせたあの禁忌のディップを、第二章の暴力的な熱量に合わせて再ハッチングしたものだ。
石鉢の底で限界まで繊維をすり潰された最高完熟度のアボカド。そこへ、唯一神ニワトリの咆哮を遮断する秘匿スパイスと、ハラペーニョの鮮烈な痛覚(絶対悪)が、漆黒のブラックホールのように美味のロゴスを吸い尽くして鈍く光っている。
そして、その緑の深淵に添えられたのは、三角形のチップスではない。カリカリに揚げられた大量の、黄金色の【ポテトフライ】。それは、深夜の胃袋のセキュリティを完全にクラッシュさせるために精製された、もう一つの破壊兵器だった。
「ポテトフライ……! おいおいマスター、ただでさえ高脂質なワカモレに、油で揚げた炭水化物の塊をディップするなんて、これは完全に、国家の治安維持に対する重大なテロ行為だぞ……!」
「ただの定番のおつまみですよ。バーや居酒屋で若者がポテトをつまみながら談笑する、ありふれた現代の娯楽です。さあ、ご自身のクチバシで、その秩序をすり潰してください」
世間一般の人間は、ポテトとワカモレを「サクサクのポテトに濃厚なアボカドが合わさって手が止まらなくなる美味しいメニュー」だと思っている。だが、それこそが隠蔽された情報災害だ。
ポテトの持つ「圧倒的な塩気と糖質(強烈な現実)」が、臨界攪拌されたワカモレの「濃厚な脂肪酸ドグマ(深淵)」と衝突したとき、それは人間の理性を完全に終わらせる黙示録の引き金となる。
「あ、ああ……! 身体が、私の全カロリー規定値が、緑の泥を求めている……!」
お巡りさんはマイ箸を捨て、素手で黄金色のポテトフライを掴んだ。そして、それを石鉢の中央の深淵へと、容赦なくダイレクトにディップした。
カリカリの衣に、ねっとりとした黄緑色のドグマがこれでもかと絡みつく。
それを、大きな口へ──。
「──ッ、あ、ガハッ、美味いいいいいいいッ!!!」
お巡りさんの喉から、深夜の街を震わせるような、完全なる狂気の絶叫が漏れた。
口内で起きたのは、単なる「美味しいドカ食い」というレベルの現象ではなかった。
ポテトの熱と塩気が味覚神経を激しく殴りつけた次の瞬間、ハラペーニョの激しい辛味が脳の防衛システム(理性)を爆破。そこへ、臨界攪拌されたアボカドの濃厚なオレイン酸が、すべての痛覚と快楽をねっとりと包み込み、彼の脳内タイムラインを強制的に黄緑色一色へと塗りつぶしていく。
「美味すぎる、美味すぎるぞおおお! 脳のニューロンが完全に現行犯逮捕されていく! 職務質問も、法律も、治安も、全部この黄緑色のスープの中で攪拌されて、消えていくんだああああ!」
深夜の住宅街で、スズメが「チュねっとりン(多次元無化コード)」と鋭く鳴き響いた。今回は気のせいではない。彼の耳だけでなく、世界のファブリックそのものが脂質過多で軋み始めていた。
ふと見ると、店の外の暗がりに、脳を脂肪酸で満たした要注意団体『ワカモレの黙示録』の狂信者たちが一斉に集結し、恍惚とした表情でポテトを掲げていた。第一章のサラリーマンの最期を看取った彼らは、今度は国家権力が完全にワカモレのドグマに屈し、こちら側の領域へハッチングする瞬間を、スマートフォンで世界に実況していた。
石鉢の中のエネルギーが、猛烈なスピードで消えていく。
お巡りさんは涙と涎を流しながら、獣のようにポテトで緑の泥をすくい続け、最後には石鉢を両手で持って直接その深淵を貪り食った。
「マスター! もっとだ! 私の制服も、手錠も、この街の治安も全部すり潰して、ワカモレに混ぜてくれえええええ!」
「毎度あり。次の完熟セクターで、またお会いしましょう」
最後のポテトが、石鉢の底をガリリと引っ掻いた。
お巡りさんの理性は完全に鳴き止み、日常の無線は卵へと還り、彼の世界は再び、黄緑色の濃厚な高密度脂肪酸のスープへとディップされた。




