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特製・マグロアボカド寿司

──世界は、醤油と脂肪酸の混ざり合った、漆黒と黄緑のカオスにディップされる。

「マスター……本当に、これを出すつもりなのか?」

 カウンターの向こうで、すっかり僕の『脂肪酸ドグマ』に胃袋を調教された常連のサラリーマンが、震える声で手元の皿を見つめていた。

 そこに鎮座していたのは、日本の伝統料理の極地。

 だが、その姿はあまりにも冒涜的だった。

『特製・マグロアボカド寿司』。

 純白のシャリ(一粒一粒が情報パケットのように整列している)の上に載せられているのは、深紅のマグロ。唯一神「ニワトリ」を宿敵とする、広大な海洋のロゴスを吸い尽くした赤身の肉。

 そしてその上に、まるで現実のファブリックを覆い隠すカバーストーリーのように、美しくスライスされた【アボカド】がねっとりと密着していた。

「ただの定番カルフォルニア・ロールの派生ですよ。居酒屋や回転寿司でもよく見かける、ありふれた創作和食ミームです」

 僕は静かに、特製のたまり醤油を添える。

 世間一般の奴らは、マグロとアボカドを「どちらも脂質が似ていて、一緒に食べるとトロの味がする」などと、現世的なマーケティング(迷信)で片付けている。

 だが、それこそが修道会による情報隠蔽だ。

 マグロの持つ『鉄分(血の現実)』と、アボカドの持つ『脂肪酸(黄緑の虚無)』。

 この二つが融合したとき、それは寿司という概念を超えた、超高密度の美味の特異点へとハッチングする。

「さあ、箸を使わず、手でいってください」

 男はゴクリと唾を飲み込み、震える指先でその『特異点』を摘み上げた。

 醤油の漆黒に、アボカドの黄緑がねっとりと溶け出す。

 それを、一気に口内へ──。

「──ッ、あ、ガハッ……!?」

 男の喉から、言葉にならない咆哮が漏れた。

 口内で爆発したのは、疑似的なトロなどという生易しいものではなかった。

 赤身の旨味という「現実」が、アボカドの濃厚な脂肪酸という「虚無」によって、瞬時にすり潰され、攪拌されていく。

 脳細胞のバイナリデータが、赤と緑のノイズで埋め尽くされる。

 上空でスズメが「チュン(多次元無化コード)」と鋭く鳴いた。だが、男の舌の上で起きている次元崩壊の前には、そのコードすら完全に遮蔽され、無力化していた。

「美味すぎる……! マグロの酸味がアボカドの脂質で中和され、シャリの酢がそれを完璧に包み込む……! 脳が、脳のニューロンがねっとりと揚がっていくようだ……!」

「それが『マグロアボカドの黙示録』です」

 男は涙を流しながら、咀嚼を止められない。

 気づけば、店の引き戸の向こうには、脳を脂肪酸で満たした狂信者たち──要注意団体『ワカモレの黙示録』の幹部たちが、三角形のチップスではなく「漆黒の海苔」を手に、じっとこちらを睨みつけていた。

 彼らもまた、この和のドグマを求めて集まってきたのだ。

 最後のひと粒が胃に落ちるとき、世界はまた一歩、完熟へと近づく。

「マスター……! あと、あと十貫くれ! このまま僕の世界線をすり潰してくれ!」

「毎度あり。次のハッチング(孵化)に備えて、しっかり味わってくださいね」

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