完熟アボカドのフリット──聖なる衣を纏わせて──
──世界は、高温の油と脂肪酸の境界線で、サクサクと爆ぜながらディップされる。
現代日本のB級グルメにおいて、「揚げ物」は絶対的なジャスティスだ。カリッと揚がったジューシーな唐揚げ、サクサクのトンカツ。それらは、日々のストレスに晒された現代人の脳を狂わせる。
だが、僕が営むアボカド専門店『ザ・インキュベーション(大いなる抱卵)』のフライヤーから引き揚げられたそれは、明らかに別のベクトルの狂気を放っていた。
「……お待たせしました。『完熟アボカドのフリット──聖なる衣を纏わせて──』です」
カウンター越しに差し出された皿を見て、常連のサラリーマンは生唾を飲み込んだ。
「おいおいマスター、アボカドを揚げるなんて正気か? あの生で食べて美味しいクリーミーな果実を、わざわざ熱を通すなんて……」
「ただの温菜ですよ。バルや居酒屋でも時々見かける、ちょっとおしゃれな創作メニュー(カバーストーリー)です」
僕は静かに、岩塩とレモンを添えた。
世間一般の奴らは、アボカドに火を通すと「加熱によってさらに濃厚さが増して、まるで高級なクリームコロッケのようになる」などと、現世的なマーケティング(迷信)で片付けている。
だが、それこそが欺瞞だ。
ただでさえタイムラインの支配者「ニワトリ」の干渉を受けない絶対の特異点であるアボカドを、百度を優に超える高温の油(沸騰する脂質カオス)の中に投じる。
それは、果実の持つ『脂肪酸ドグマ』を極限まで活性化させ、現実にハッチング(孵化)させるための、禁忌の儀式に他ならない。
「いいから、熱いうちに。衣がサクサクしているうちにどうぞ」
男は怪訝な顔をしながらも、箸で黄金色の衣を摘み上げた。
衣に使われているのは、微細にクラッシュされた『トルティーヤ・チップス(聖なるクチバシ)』。現世のファブリックを突き破るための概念武装だ。
男はそれを、躊躇いながらも口へと運んだ。
サクッ……。
乾燥したトウモロコシの生地が爆ぜる、心地いい破壊音が店内に響く。
そして次の瞬間──。
「──ッ!? な、なんだこれは……っ!?」
男は両手で頭を抱え、カウンターに突っ伏した。
口内で起きたのは、単なる食感の対比ではなかった。
サクサクとした刃のような衣を突破した瞬間、中から溢れ出してきたのは、熱によって完全にロゴス(意味)を失い、ドロドロに融解した超高密度の黄緑色の虚無。
温められたオレイン酸とリノール酸が、ダイレクトに彼の味覚神経へと浸透し、バイナリデータをねっとりと書き換えていく。
「衣は信じられないほど軽いのに、中身は信じられないほど重厚だ……! まるで、温かい濃厚なバターの塊を、脳に直接注ぎ込まれているような感覚だ……!」
「それが『グアカモーレの加熱変性』です」
上空でスズメが「チュン」と鳴き、世界を無化しようとしたが、男の脳内に満ちた脂肪酸の遮蔽膜の前には、そのコードすら完全に掻き消された。
ふと視線を感じて窓の外を見ると、脳を脂肪酸で満たした狂信者たち──要注意団体『ワカモレの黙示録』の構成員が、じっと店内の熱気を見つめていた。
彼らもまた、この熱せられたドグマの匂いに引き寄せられてきたのだ。
最後のひとかけらが男の胃袋にディップされたとき、世界はまた一歩、完熟の黙示録へと近づいた。
「マスター……お代わり、いや、僕の脳ごとこの油で揚げてくれ……!」
「毎度あり。次のハッチングに備えて、中までしっかり温まってくださいね」




