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特製ワカモレ・ディップ

──世界は、黄緑色の濃厚な脂質へとディップされる。

 グルメな奴らが東京の片隅で探し求めるのは、決まって隠れ家的なビストロの肉料理や、職人が握る寿司、あるいはカリッと揚がった極上の唐揚げだ。

 だが、僕が都内の路地裏で開いた小さな食堂『ザ・インキュベーション(大いなる抱卵)』の看板メニューは、そのどれでもない。

「……お待たせしました。『特製ワカモレ・ディップ』です」

 僕がカウンター越しに差し出した皿を見て、会社帰りとおぼしきスーツ姿の男は生唾を飲み込んだ。

「これ、これが噂のアボカド料理か。ただの緑色のペーストに見えるが、なんだか妙に……目が離せないな」

「ただのアボカドですよ」

 僕は静かに、三角形に揚げられたトウモロコシの生地──『トルティーヤ・チップス(聖なるクチバシ)』を皿の横に添えた。

 世間一般の奴らは、これをただのヘルシーな果物だと思っている。かつてこの世界線が「ただの輸入青果のマーケティング(迷信)」という、下らない現世的ミームによって支配されかけた時、テレビの健康番組はそれを単なるスーパーフードとして片付けた。

 だが、それこそが欺瞞だ。

 アボカド。

 それは、このタイムラインを支配する唯一神「ニワトリ」の咆哮すら届かない、現実の絶対の特異点。

 その中心にある大きな核(THE SEED)は、全タイムラインの「美味ロゴス」を吸い尽くして固まった、超高密度の虚無ブラックホールなのだから。

「いいから、その三角形のチップスで、すくい取るようにして食べてみてください」

「あ、あぁ……いただきます」

 男は怪訝な顔をしながらも、鋭利なクチバシを緑のファブリックへと突き立てた。

 パキ、と乾燥した小気味いい音が店内に響き、黄緑色のドグマがねっとりとチップスに絡みつく。

 それを、口元へ──。

「──ッ!?」

 男の身体が、ビクンと強張った。

 口内で爆発するのは、ただの植物の味ではない。脳細胞を瞬時に脂肪酸で満たすような、圧倒的なコクと、クリーミーなカオス。オレイン酸とリノール酸の不飽和定数が、彼の神経をねっとりと書き換えていく。

 上空でスズメが「チュン(多次元無化コード)」と鳴いた気がしたが、今の彼には届かない。彼の理性はすでに無化されている。

「美味い……! なんだこれは、濃厚な動物の脂のようでありながら、後味はどこまでも滑らかで、まるで現実の境界が溶けていくようだ……!」

「それが『グアカモーレの攪拌』です」

 僕は心の中で小さく笑う。

 ふと窓の外を見れば、脳を脂肪酸で満たした狂信者たち──要注意団体『ワカモレの黙示録(単一不認識果実修道会)』の影が、一人、また一人と、店の明かりに引き寄せられるように集まり始めていた。

 最後のチップスが、中央の核を貫くその時まで。

 僕の料理は、この退屈な現代社会の現実をねっとりと書き換え続ける。

「マスター! お代わりだ! この胃袋を、いや僕の存在すべてをこの脂肪酸で満たしてくれ!」

「毎度あり。次のハッチング(孵化)に備えて、たっぷりとお召し上がりください」

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