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25 おみやげ


「お大事になさってください」

 診療所から出て患者を見送る。

「ありがとう!」

 報酬はもらっているが、この笑顔はお金よりも嬉しいものだ。


「姉さま!」

 そこに、弦太郎と露子が帰ってくる。

「おかえりなさいませ、兄上」


「うん、ただいま。患者さんかい?」

「今お帰りになられました」

 患者を見送っていたことを伝え、次は妹を見る。


「姉さま、お薬の材料を買ってきました!」

 嬉しそうな笑顔。褒めてもらえると思っているらしい。


「薬箱に片付けましょう。露、手伝ってくれますか?」

「はい!」

「先に入っていなさい」


 露子が元気に診療所の中へ入っていく。


「兄上、医術所の方はどうですか?」


「貴族への接種が思うように進まないらしくてね。医術院の方々も、予防接種には否定的だ。……父上はそういう意見も受け入れなければと言っていたけれど」


 最近の弦太郎は、毎日のように医術所や医術院、そして他の診療所を回っている。予防接種の必要性について直接説明するためだ。しかし、なかなか進んでいないらしい。


「父様のは理想論です。都から流行り病を消せるかもしれないのに」

「仕方がないよ」


 皇帝からの命令で、貴族や医術師が終わらなければ薬を次に回せない。ほとんど家から出ず、移動も駕籠や馬ばかりの貴族よりも、毎日たくさんの人と関わりながら働く商人や農民たちは、流行り病にかかる可能性がずっと高いのに。


「饅頭を買ってきたんだ。患者さんもいないだろう? 休憩にしよう」

「またそんな贅沢を……」


 綾子が呆れながらふと視線を逸らした時。遠くから仰々しい駕籠が見えた。


「綾?」

 その視線を追って弦太郎も振り返る。


「……貴族か。珍しいね」

 都とはいえ、ここは貴族たちが住む区画からは離れている。貴族がこの道を通るなんて珍しいことだった。


 揃ってその場にひれ伏す。すると、駕籠は診療所の前で止まった。


「綾子!」

 駕籠から聞こえた声に、綾子がハッと顔を上げる。

「お嬢様」


「よかった。やっと会えたわ」

 嬉しそうな中村桜子が駕籠から出てくる。

「なぜこちらに……」


「綾子に会いにきたのよ。ねぇ、お土産があるの。少しお話しない?」

「は、はい……」

 戸惑いながら、綾子は彼女を診療所内に招き入れる。


「あら、そちらは……」

「兄の弦太郎です」

「あぁ、綾子の兄君ね。話には聞いているわ」

「光栄です」


 弦太郎は言葉少なくそう答えただけで、近づこうとはしない。貴族の未婚女性が男性に近づくのは、あまりよしとされていないためだ。


「ごゆっくりされてください」

 そして、座敷に綾子と桜子を残して出て行く。

「素敵な方ね」


 男性に慣れていない桜子は、なぜかうっとりと頬を緩ませる。


「もったいないお言葉にございます」

 綾子が答えると、桜子は

「あぁ、そうだわ。これね」

 と何かを取り出す。


「お茶会で出されたお菓子がおいしくて。さっき買ってきたの」

 綺麗なふろしきを広げ、木箱の中に入っていたお菓子は、真っ白な花の形をしていた。


「すごい……」

「そうでしょう? 綾子ならきっと気に入ると思ったわ」

「立派なお菓子ですね」


 明らかに庶民には手が出せないお菓子だ。


「失礼いたします」

 襖の外で露子の声がした。ゆっくりと襖が開き、露子が座っていた。

「お茶をお持ちしました」


 珍しくいい子にしている。丁寧に頭を下げ、静かに入ってきて襖を閉めた。


「あら、綾子の妹さん?」

「はい。露子、ご挨拶なさい」

「お初にお目にかかります。妹の露子にございます。姉がお世話になっております」


 綾子が教えた通りに挨拶できている。いつもはあんなに甘えん坊なのに、やる時にはちゃんとできるのだ、と驚いた。


「ご丁寧にありがとう。よかったら、お菓子食べる?」

「……!」


 それを聞いた瞬間、露子は嬉しそうに目を輝かせた。が、すぐに落ち着き、

「高価なものはいただかないように言われております」

 と答える。


「あら、いいじゃない。ねぇ、綾子?」

「……はい。露、ありがたくお受けいたしましょう」

「はいっ」


 一気に声が明るくなった。露子は丁寧にお茶を出し、綾子の隣に座る。懐紙に乗せたお菓子を両手で受け取り、うわぁ、と目を輝かせた。


「ありがとうございます!」

 菓子楊枝を使って一口食べ、ぱっと顔を輝かせて姉を見る。一応作法には気をつけているが、まだ隠しきれていない。


「よかったですね」

 その表情だけで察して、綾子がたしなめる。

「露子はかわいいわね」


 その様子に、桜子は笑った。多少の礼儀の崩れは許してくれるだろう。


「そうそう。綾子、あのかんざしのことだけど」

「はい」

 綾子がこの前つけていた銀のぼたんのかんざしのことだろう。


「あのかんざし、お母君のものだって言ったわよね?」

「はい。母の形見だと聞いております」


「実は……」

 桜子が言い辛そうに、それでもゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ある公爵家の方が、すごく興味を持っていらっしゃったの。何もないと思うけど……」

「公爵家のような方とは関わりがありません。きっと何かの間違いでしょう」

「そう? それならいいのだけれど。念のため注意しておいてね」


 公爵家なんて、皇帝と同じく雲の上の存在。当然面識はない。


 心配そうな桜子を安心させるため頷いておいたが、それほど気にしてはいなかった。




 それから数日後のことだった。


「綾」

 医術所から帰ってきた兄が、綾子の部屋に声をかける。すぐに襖を開け、

「おかえりなさいませ、兄上。お早いですね」

 と声をかけた。


「話があるんだ。いいかな」

 真面目な顔。何かあったのだろうか。

「どうぞ」


 綾子は襖を開けて兄を招き入れた。


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