募る焦燥感
灯りを消した部屋の中で、私は小さな蝋燭を頼りに、机の上で筆を走らせていた。
この聖堂で暮らし始めたあの日から、私は状況整理も兼ねて日記を書いていた。
いつまでここにいなければならないのか。
バルドは今、無事なのか。
いつ、アステリアに追われるのか。
心の奥にある消極的な感情を吐き出さないと、不安で押し潰されそうになる気がする。
でも、日に日に増えてくだけの紙と、「状況に変化なし」という言葉を見て、拭いきれない焦燥感が募る。
(デビトさんに「私に任せて」って言われたから、彼が話すまで聞かないようにしていたけど……もう一週間以上経ったのよね)
デビトさんを信用したいと思う反面、この間にもしバルドに何かあったらと、状況への不安が募っていく。
(明日こそ——)
「あれ?ディアナ、まだ寝てないの?」
呼ばれた声に反応し、私は扉の方へ視線を向ける。
「ステラこそ、こんな遅い時間まで、何してたの?」
ここに来て……お父様が目覚めた日から、ステラは毎日ライアンさんと部屋に篭り、夜遅くに部屋に帰ってきている。
「ちょっとね……疲れたから、先に寝るね。おやすみ」
誤魔化すように、ステラはすぐベッドに入り、布団で体を覆い、会話したくないかのように、私の方に背を向けた。
最近は食事の時間さえ、彼女はあまり顔を見せてくれなかった。夜に話したくとも、彼女はすぐ寝てしまう。
それほどに、疲れているのか、それとも——
(……これ以上考えるのはやめよう)
悪い考えを掻き消すように、私は蝋燭を吹き消し、ベッドに入った。
——————
次の日、私はしっかりとした足取りで、図書室に向かった。
最近は姿を見ない日も多いけれど、いるのならきっとそこだと、私は確信していた。
図書室の扉を開き、中を覗く。
そしたら案の定、中には探していた者の姿があった。
彼は本を片手に持ち、机に向かって読書を楽しんでいた。
「デビトさん」
私は真っ直ぐ彼に近づいた。
彼はゆっくりと、頭を上げた。
「ディアナ様、どうなさいましたか?」
私は息を深く吸い込み、覚悟を決め、口を開いた。
「デビトさんの……作戦についてですが」
「ああ、順調に進めていますよ」
いつものような笑顔を浮かべながら、状況を報告する彼は、やはりその詳細を教えてくれなかった。
「……私に手伝えることはありませんか?」
それでも引き下がることが出来ず、私は食い下がるように尋ねた。
そしたらデビトさんは、宙に視線を向き、考える素振りを見せた。
「そうですね……」
「私にできることなら、なんでもします!」
しばらく考え込んだデビトさんは、目だけこちらへ向け、やがて目を細めて微笑んだ。
「ならディアナ様、村へ出かけていただけませんか?」
「——えっ」
デビトさんの意図がわからないまま、私は彼の後ろについていき、ある部屋にたどり着いた。
デビトさんはノックした後、返事を待たずに扉を開けた。
中には、向かい合って座り、何かをしているステラとライアンさんがいた。
「っ!ディ、ディアナ!?」
「あれ?デビトさん、どうしましたか?」
冷静にデビトさんの方を見るライアンさんとは対照的に、ステラはあからさまに狼狽えていた。
そしてその手を慌てて背中に隠した。
私はわけが分からず、首を傾げた。
「なに、先日ライアンから相談が受けたではありませんか。それを一気に解決しようかと」
「ああ、そのことですか」
ライアンさんはすぐ何かを悟ったように立ち上がり、部屋の奥にあるクローゼットを開けた。
そこからマントらしき布を取り出した。
「ではステラ様、このマントを羽織っていただきます」
「——えっ」
私とステラはなぜかマントを羽織られ、私の髪色は魔法によってブロンドに染められ、村へ続く道を歩かされていた。
付き添い役として、カイルさんとライアンさん、そしてレオードさんがついてきてくれた。
「こうして見ると、2人の皇女さんはそっくりだな」
「お2人は双子ですからね。それより髪を染める魔法なんて、興味深い!戻ったらその魔法陣について聞かないと——!」
「ディアナと出掛けられるのか!やったぜ!後であの猫に自慢しよ」
私たちは、カイルさんとレオードさんの食材調達を手伝うという名目で、村へ出かけることになった。
しかしその本当のわけを、デビトさんは教えてくれなかった。
ただ一言——『髪色を染める魔法は今日中であれば解けないように施したので、ごゆっくり散策でもしてきてください』とだけ残した。
(デビトさんは何がしたいんだろう……今は散歩する時間なんてないはずなのに)
私は隣の様子をうかがうように、視線を向ける。
(ステラもきっと、戸惑っているよね——)
しかし予想とは異なり、彼女は私を見て、目を輝かせていた。
「ディアナと……お揃いの髪!……ディアナとお出かけ!!」
何やら感激している様子に、私は反応に困り、見ないようにした。
そしてわたしたちは村の中心にある市場にたどり着いた。
行き交う人々の姿を見て、私は反射的にマントを確認する。
(……髪色、変じゃないよね)
顔を隠していたマントを少し持ち上げ、市場の様子を覗く。
(人が……たくさん)
屋台では年の離れたおじさんとおばさんがゆったりと商品を並べ、客に話しかける。
その間の道を、親子連れや老人、婦人たちが行き交っていた。
カイルさんの話によると、この村は比較的に小さな村で、人口はそこまで多くないが、城の外に出たことはなく、城の中ですら人と顔を合わせる機会がほとんどなかった私にとって、この光景はとても新鮮だった。
変な目で見られないかの不安が込み上げると同時に、初めての光景に微かな興奮を覚える。
「これが……町」
隣にいるステラから、小さなつぶやきが溢れた。
彼女もまた、城の外について、あまり知らないだろう。
理由は違えど、私とステラは、外の世界を知る機会が、なかったのだ。
「さて、食べ物は後で買うとして、皇女さんたちは行きたいところはあるか?」
1番前で歩くカイルさんは、私たちの方へ振り向いた。
「「えっ?」」
私とステラは、同時に素っ頓狂な声を出してしまった。
そしたら、ライアンさんが前に出た。
「僕はこの村にある素材を見に行きたいと思っています。お2人もいかがでしょうか?」
問いに戸惑う私達に助け船を出してくれたのか、ライアンさんは率先して提案してくれた。
他に良い回答が思いつかない私たちは、素直についていくことにした。
一方その頃の魔王様たちは——
テオ:「おい、召使い。ディアナを知らないか?」
セロ:「いいえ、見てませんが——」
デビト:「ディアナ様でしたら、ついさっき出掛けられましたよ」
テオ:「なに?なぜ俺に教えない!俺も行く——」
デビト:「待ちなさい。あなたは無駄に図体がデカい上に、威圧感を放つので、悪目立ちします。大人しくここにいなさい」
この後、反抗する魔王様を、デビトとセロはあの手この手で引き止めたのだった。




