反撃の狼煙
お父様は、アステリアが魔族に対して何かを企んでいると言った。
「アステリア様が現れて間もない頃、吾はステラの行方を尋ねたのだ」
お父様は、彼女との思い出を語り出した。
『教えてください、アステリア様。ステラはどこに行ってしまわれたのですか?』
『あの子は……あの森に入ってしまったのよ』
『森?……あの子が、壁を越えたというのですか?いったいなぜ』
『あの子があまりにも強く願うものだから、私は答えてあげたの。それが間違いだったのね……少しは期待したのに』
アステリアは悔しそうに口を歪ませる。
『ねぇ、ダーウィン……あの子を取り戻したい?』
『当然です!あの子が万が一のことがあったら、吾は——』
『そうよね……なら、あの森を何とかするしかないわね』
その時のアステリアは、悍ましく淀んだ眼差しで、森の方を見ていたと、お父様は語った。
「少なくとも、あの神が魔族の森によからぬ思惑を抱いている可能性は理解しました。しかし話の文脈からするに、彼女の目的は聖女を取り戻すことだと考えられますが」
「そうだな……しかし話はそれで終わりではない」
デビトさんの推測に対し、お父様はさらに語った。
「アステリア様は、ステラの帰還と、忌子のことも予言していたのだ」
『もうすぐ、ステラとバルドたちは帰ってくるわ』
『それはどういう——』
『それと、ステラが帰ってきたら、私は力のほとんどを取り戻せるわ。そうしたら、一波乱起こして、面倒ごとを一気に片付けようと思うの。手伝ってくれる?』
彼女の目の奥は、ギラギラと輝いた。
『ダーウィン、あなたが願っていた復讐の機会も、私が与えてあげるから、力を貸してね』
私は、少し息を呑んだ。
ステラの帰還を言い当てたことにも驚いたけれど、何より私のことも言及していた。
はっきりとした言葉ではないとはいえ、アステリアは私がお父様と対峙することをほのめかしていた。
しかも、予言というよりも、彼女が物事をこう運ぶようにするという意味にも受け取れた。
——私たちは彼女の手のひらの上で踊らされていたのかもしれない。
「ふむ、それはいささか物騒ですね」
ここでやっと、デビトさんも少し躊躇う素振りを見せた。しかし彼は、簡単に引き下がらない。
「しかしこれはあくまで予測。あの神が森に、引いては我々魔族に何かをしようとしていると確証は——」
「言い訳探しはもういいだろう」
痺れを切らしたテオ様は、足を組み、頬杖をついた。
「あの神が俺たちをどうしたいのかなんて関係ない。俺はあれが気に食わない。ディアナも気に食わない。駄犬は暴れたい。猫は自分の神の力を取り戻したい。俺らにとって理由はそれで充分だ……で、人間は?」
しばらく静寂が漂う。
すると、ステラは口を開いた。
「私は……私が言うとおかしいかもだけど、まずは、お城を取り戻したい。そこには、大事な人たちとの思い出が詰まっているから。それと、バルドも助けたい。あの神のそばにおいて、何をされるかわからない」
ステラの言葉に対し、隣りで座っているライアンさんとカイルさんも頷いた。
「俺らも同じ気持ちだ。バルドは決して弱くないが、何せ相手は神だ」
「そうですね。彼のことは心配ですし、他の官僚の安否も心配です……ウェインの無事も確認できていない」
最後の方は小声で何かを呟いていたけれど、ライアンさんの言う通り、アステリアには兵士たちを操る力があると知った以上、城で働く者たちも安全とはいえない。
アステリアの目的がわからない限りは。
「つまり、ここにいる大半は、あの神に敵対する意思があることだ。それ以上の理由はいらん」
テオ様はデビトさんにはっきりと言い放った。
「それでも納得できないなら、お前だけ帰ればいい」
「……はあああ」
テオ様の乱暴な言葉に、デビトさんは深々とため息をつく。
「わかりました。そこまで言うなら、私も協力いたしましょう。しかし——!」
デビトさんは、仕方なく私たちの考えを受け入れたように見せた次の瞬間、目を細め、意地の悪い笑顔を浮かべた。
「やるからには、徹底的に。容赦なく。相手を絶望へ叩き落とすくらいの勢いでやりなさい」
それを機に、溜まりに溜まった鬱憤を——と呟くデビトさんの雰囲気が恐ろしく、背筋が震え上がった。
(私、いつもすぐデビトさんを頼ってしまうから、デビトさん、すごくストレスが溜まっているのかな……)
私はこれから、もっとデビトさんを気遣おうと、心で思った。
そのストレスの理由は、私の周りにいる自由すぎる魔族たちだと露知らずに。
全員の意思が固まった頃、気づけば時間も遅くなっていたため、私たちは次の日に作戦を考えようと、その場で解散した。
「ディアナ、行くぞ」
「はい……少し待っていただけますか」
テオ様と退室する前に、私はカイルさんに支えられ、立ちあがろうとしているお父様に話かけて。
「お父様」
「……なんだ」
目線こそ合わせてくれないけど、私の話には耳を傾けてくれていた。
私は言葉を続けた。
「なぜ、アステリアの思惑について、教えてくれたのですか」
部屋で聞いた情報はともかく、魔族を助けるような情報を渡しても、お父様に利はないはず。
たぶん、お父様は選べば、アステリアの味方になり、身の安全を確保することもできたはず。
「……命を救ってもらった礼だ。貴様は、魔族らが大切であろう」
私は思わず目を見開いた。
思い返すと、部屋でのやりとりの中、私の問いかけについてお父様ははっきりとした答えはくれなかった。
その代わりにって言うことだろうか。
もう話すことはないように、お父様はカイルさんに支えられながらこの場を去った。
私もテオ様たちと共に、魔族が使う部屋に戻った。
全員が戻った瞬間、レオードさんは騒ぎ出した。
「よっしゃ!久々に暴れられそうだ!」
「静かにしてくれる?僕は、これからセレーネ様に祈りを捧げるのだから」
「はあ?勝手にやってればいいだろう?」
「騒がしい犬ころのせいで、集中できないんだけど——」
すぐ口喧嘩を始めたレオードさんとアイセルを仲裁するように、セロくんは間に割り込んだ。
「お二人とも、ディアナ様の前ではもう少し落ち着いてください」
「そういえば軟弱者、今度こそ俺とやり合おうぜ!」
「いいね。召使い、その犬にギャフンと言わせてやりなさい」
「えっ、いやです——」
わいわいやっている3人を横に、私とテオ様はベッドに腰掛け、デビトさんは私達の前に立った。
「テオ様、傷の方は——」
「心配するな。もう何ともない」
私を慰めるように、テオ様の大きな手は私の頭に置いた。
それだけで、心が少し安らかになった気がする。
「よかったです……でもなぜ、お父様はあんなに早く回復したのでしょう」
よく考えると、アステリアの力が魔族に相性が悪いとはいえ、人間であるお父様がテオ様より早く回復したのは疑問だった。
「あくまで推測ですが——」
デビトさんは話に加わった。
「勇者の剣にはあの神の、つまり聖女と同質の力が込められています。魔族には相性が悪くても、人間には良い方に働く可能性があります」
「……確かに、そうかもしれません」
ステラが持っていた聖女の力は、人間を癒す力だ。
だから勇者の剣は人間に対して、大した害を成さないかもしれない。
お父様は、傷を負ったと同時に、神の力で癒されていたかもしれない。
「作戦を立てる際には、この可能性も考慮しないとなりませんね」
デビトさんの言葉に、私はハッとあることを思い出した。
「デビトさん、今回のこと、ありがとうございます」
最初は反対的だったにも関わらず、最終的に折れてくれたおかげで、とても心強くなった気がする。
「いいえ。ディアナ様の願いなら無下にすることはできません。それに、こうなる予感はしてました」
そこでデビトさんは腹黒い笑顔でテオ様を睨んだ。
テオ様は知らんぷりで横を向いた。
「……それより、ディアナはそろそろ眠れ。もう人間が眠る時間であろう」
テオ様に促され、その通りと思いながらも、どこか離れがたく思っていた。
私はテオ様の袖をそっと掴み、こちらを向いてもらった。
「もう少し……ここにいていいですか?」
(テオ様が目覚めて、やっと一息つけたから、もう少し一緒にいたい)
テオ様は深々と息を吸い込んだ。
「お前——」
「じゃあ、ここで眠ればいいじゃないか!」
テオ様が何を話そうとした時、アイセルは勢いよく割り込んできた。
そしてそれに続くように、レオードさんも加わった。
「いいな!久しぶりにディアナと一緒のベッドで寝たい!」
「おい、駄犬!貴様は部屋から追い出す」
「やれやれ。大人気ないですね、魔王様」
「み、皆様、落ち着いてください——」
5人のわちゃわちゃしたやりとりに、思わず笑みが溢れた。
(みんなともっと一緒にいれば、もっと自分を好きになれる気がする)
その夜私は、みんなに見守られながら、眠りについた。
そして次の日、全員再び一室に集まった。
その中で、テオ様は悪戯を楽しむように、愉快な笑顔を浮かべた。
「さあ、あの神を盛大にやり返そう」
書きたい展開が多すぎで書き足していたら長くなりました(汗
なので、一旦ここで区切ります。
次こそ最終章です!(多分)
その前にSSをいくつ挟みます(わちゃわちゃが書きたい)




