正直になれ
「——なぜそんな泣きそうな表情をしている」
ベッドで横たわっていたテオ様は、目を開き、頭だけ私の方を向いていた。
「テオ様!」
私はすぐ飛び上がり、彼の様子を覗き込んだ。
彼は上半身を少し起こした。
「……俺はどのくらい寝てた」
「まる一日です。傷は痛みますか?」
剣に貫かれた箇所に視線を向ける。
魔力の漏れがすでに止まっていて、傷口も塞がっているように見えた。
これも、魔族特有の、回復力の高さのおかげかもしれない。
「さっきまで気持ち悪かったか、今はなんともないようだ……これもお前の力か?」
「私はただ、テオ様の体に留まっていたアステリアの力を追い出しただけです」
「そうか」
テオ様は短く返事し、傷口を見つめていた。
そして彼は、いきなり私の背に手を回し、抱きしめようと引き寄せた。
「俺はまた、お前に助けられたな」
さっきまで引っ込んでいた涙の気配が、再び襲いかかる。
私はテオ様の胸元に顔を埋めた。
「……いえ……助けられたのは、いつも私の方です……」
泣き出しそうになるのを必死に抑えるも、頭に大きな手が乗せられ、涙腺が緩みそうになる。
一雫の涙が目尻からこぼれ落ちた。
テオ様は気づいていないのか、気遣ってくれているのか、何も言わずに抱きしめていてくれた。
しばらくすると、頭上からテオ様の声が響いた。
「俺が寝ている間に、何が起きたか、教えてくれるか?」
私は平静を装いながら、今の状況を話した。
ここはかつて月の神が祀られた聖堂で、私たちは月の神セレーネによって転移させられたと。
そして城にいるアステリアは星の神で、バルドだけが、城に取り残されていると。
「そうか……で?お前はどいつに泣かされている?」
肩を掴む手がなんとなく強くなった気がする。
何やら不穏な空気が漂い始め、私はすぐ涙を引っ込めた。
「こ、これは、その……テオ様が起きたのか、嬉しくて——」
「それにしては、俺が声をかける前から泣きそうだったが」
テオ様は手を私の頬に添え、視線を合わせるために持ち上げた。
「い、いつから起きたのですか?」
「そんなに早くない。お前がぼんやりと天井を見上げているのが見えただけだ」
誤魔化しを許さないその目と口調に、私は息を吐く。
「……デビトさんに、魔王城に帰ると言われたのです」
私が少し経緯を説明すると、テオ様は把握したと言わんばかりに前髪をかきあげる。
「妥当だな。簡単に勝てないとわかった以上、訳も目的もなく、勝負を挑むのはバカバカしい」
テオ様の反応に、落胆してしまう。
(やっぱりテオ様も、そう思うよね)
デビトさんの言葉は正しいとわかっていながらも、心は葛藤してしまう。
「——だが、このまま帰るのは癪だな」
テオ様が付け加えた言葉に、私は驚き、目を見開く。
「まるで逃げ帰ったみたいで、気に食わん」
彼の目の奥は、ギラギラと苛立ちを宿していた。
その言い分に、頭が真っ白になった。
そしたらテオ様は、私を見下ろした。
「お前も気に食わないから、泣きそうになっているんだろう」
「えっ……気に、食わない……?」
どう答えばいいのか分からず、聞いた言葉を繰り返してしまった。
そんな私を置き去りに、テオ様は言葉を続けた。
「あと、あの人間の王も気に食わん。あの女の邪魔さえなければ刺されることもなかった」
今度は、冷や汗が流れ出した。
「今度会ったら、どう仕返ししてやろうか」
(どうしよう……テオ様とお父様を会わせないようにしないと……)
「ディアナはどうた」
「えっ」
話の矛先が向けられ、思わずギョッとなった。
「お前は何に納得していないのか、言ってみろ」
顔を掴まれ、目を逸らすことも、テオ様から逃げることも許されない。
「私……は」
真っ直ぐ見つめられて、私は口を開く。
「私は……怒っていました」
昨日起きたことを、鮮明に思い返す。
「ステラを怖がらせたこと……彼女の今までの頑張りの成果を取り上げたこと」
過ぎたはずの黒い感情までが、浮かび上がってくる。
「好き勝手に人を操って……テオ様やセロくんを傷つけたあの人……神に怒っています」
私はどんな表情をしているのだろうか。
自分ではわからないけど、テオ様はとても満足げに私を見て笑っていた。
「いい顔だ、ますますいい女になったな」
満足したテオ様は、やっと私の顔から手を下したが、代わりによりきつく抱き寄せた。
「じゃ、あのムカつく神に一泡吹かせるまでここに残るってことだな」
「えっ、いいんですか?」
随分あっさりと結論を出したテオ様だけど、私たちはまだデビトさんたちの同意を得ていない。
しかし、テオ様は悪びることもせずに言い放った。
「俺がやるっつったら、それは確定事項だ」
あまりにも横暴な言い分に、私の体は固まってしまった。
「……ふふ」
そしてじわじわと、可笑しく感じ、笑い出してしまった。
「あっはははは」
一度笑い出してしまったら、やむことができなくなった。
(カイルさんのいう通りだったな)
私はあれやこれやと、自分を追い詰めるけど、テオ様のわがまますぎる言動で、すんなり問題が解決してしまった。
突然、テオ様はまだ私の顔を持ち上げた。
「っ!テオ様?」
「……ん」
彼は有無言わさず、私に唇を重ねた。
「ん!」
すぐ離れてくれたけど、顔に添えられた手と、テオ様の近すぎる顔、とろけそうな熱い眼差しに、体が爆発しそうになった。
「なっ……なっ」
「したくなった」
再び近づいてきそうなテオ様に、私は反射的にその口を手で塞ぐ。
「ちょっと待って……心の準備がっ——」
「今さらか?初めてでもあるまいし」
私の手をあっけなく外し、またゆっくりと顔が近づいてきた。
(待って待って待って……心臓が——)
突然扉が開く音が響いた。
「すまん、皇女さん。陛下が——」
カイルさんは扉を開き、私たちを見て固まった。
そして驚くことに。
外に、杖を持つお父様が立っていた。
その瞬間、世界が静かになった。
私の頭が真っ白になった。
一秒が長く感じるこの時間、私は身動きを取れずにいた。
最初に声を上げたのは、まさかのお父様だった。
「き、貴様!その魔族とそういう関係——」
「ああ!すまんすまん、皇女さん!お邪魔だったみたいだ!俺らはとりあえずとんずらするぜ!ごゆっくり」
カイルさんは素早く扉を閉める。
外から、お父様の喚く声が聞こえた。
「待って!吾はまだ言いたいことが——」
「まあまあ、陛下。そんな急ぐことでもないですし」
徐々に遠ざかるお父様の声を聞いて、私はやっと我に帰ることができた。
「えっと……テオ様、とりあえず手を——」
「なぜあの人間がここにいるんだ」
しかし何もかも遅くなり、先ほどまでの熱を帯びた瞳は消え、代わりに剣呑な光が宿っていた。
私は、心の中で悲鳴を上げた。
そろそろギャグ展開に飢えてきました




