留まる理由
セロくんの後を追い、私は魔族たちが使っている部屋にたどり着いた。
中ではベッドが二つ並べられていて、レオードとアイセルはそれぞれ座っていた。
デビトさんは、1番奥の壁際に寄りかかりながら、私を待っていたようだ。
「ようこそ、ディアナ様。どうぞ好きなところにお掛けください」
私はざっと室内を見回す。
座れるところといえば、並べられた2つのベッドと、向かいに置かれていたソファくらいだ。
私は反射的に、誰も座っていないソファに向かった。
そしたら、アイセルが私の手を掴んだ。
「ディアナ、一緒に座ろうよ」
「離せ、アホ猫!ディアナは俺と座るんだろう」
反対側はレオードに掴まれた。
間に挟まれた私は、困り果てた。
「その、2人とも——」
「犬も猫もおとなしくしていなさい。時間の無駄です」
デビトさんの威圧的な一言に2人ともおとなしくなり、仕方なさそうに私を挟むようにベッドに座った。
(2人とも、近いよ……)
座る場所がたくさんある中、なぜか一箇所だけ密度が高いという奇妙な光景になった。
そしてセロくんは、私たちの後ろで待機していた。
デビトさんは構うことなく、話し始めた。
「さて、ディアナ様をお呼びした理由は他でもない、我々の考えを伝えるためです」
彼の物々しい導入に、思わず視線を正す。
私は息を飲み、彼の言葉を待つ。
「魔王様が目覚めたら、我々は森に帰るべきだと考えています」
「……えっ」
その言葉は、予想外のものだった。
「これは僕の考えですが、ここにいる全員は納得しています。ディアナ様に聖女を会わせるという目的はすでに果たし、あの神からのさらなる危害がない以上、我々がここに残る理由はありません」
「……」
「それにもし争いに巻き込まれ、今度はディアナ様に何かあれば、魔王様だけではなく、ここにいる全員が怒り狂うのは目に見えています。そうすれば魔族と人間、両方とも甚大な損傷を負うことになるでしょう」
あまりの正論に、私は言葉を吐き出せずにいた。
私はデビトさんの目をまともに見れず、俯いた。
(デビトさんの言うことは正しいわ……でも、今の状況でステラとバルドを置いていくのは……)
私からの反応を促すように、デビトさんは私に問いかける。
「ディアナ様のお考えを伺っても?」
「……デビトさんは、正しいと思います……またアステリアに対面すれば、またみんなが傷つくかもしれない……」
説得しなければならないのに、私は何も言葉が思い浮かばず、自信のなさを表すように、声量が小さくなっていく。
「……」
「左様ですか。ディアナ様が我々と同じ考えでよかった。ではそのように手配いたしましょう」
もう言うことがないかのように、デビトさんは私を横切り、部屋から出た。
静まった空間の中、両隣にいる2人は私の表情を覗き込む。
「どうした?納得いかないような顔をしているぞ」
「ディアナの気持ちが伝わってくるよ……何をそんなにもどかしいんだい」
投げかけられた純粋で柔らかい言葉に、目の奥がじーんとなった。
でもやはりうまい言葉が思い浮かべなかった。
「……2人とも、デビトさんの考えに納得していますよね」
「まあな、人間の事情は俺には関係ねえし。それより魔王城に帰って、ディアナと遊びたい」
「僕は、セレーネ様の力を感じられるこの場所も気に入っているけど、それよりディアナには安全なところにいて欲しいかな」
2人の返答に、私はさらに追い詰められる。
(2人とも、ずるいわ……こんなに素直で真っ直ぐ答えられたら、何も言えなくなる……)
私は縋るように、後ろに立っているセロくんにも問いかけた。
「セロくんは?……やっぱり、帰るべきと思う?」
「僕は……」
彼は少し言い淀んでいた。
思わず期待が募ってしまう。
(私はいったい、何が聞きたいのだろう……魔族の彼らに『人間を助けたい』なんて、言われるはずもないのに——)
目の前に、誰かが立ち止まった気配がした。
頭を上げると、いつの間にかセロくんが目の前に立っていた。
「僕も、ディアナ様に危険なところにいて欲しくないです」
予想通りの答えだというのに、なぜそんなに傷つかれた気分になるんだろう。
目から生暖かい涙が出そうになり、顔を隠すように地面を向いた。
(わかったことじゃない……彼たちに、人間を救う理由なんで——)
「でも」
私の思考を遮り、セロくんは私と目線を合わせるように跪いた。
「僕は何より、ディアナ様がやりたいことを優先したいです」
見えたその瞳は、吸い込まれそうになるほど真っ黒なのに、なぜか泣き出しそうなくらい優しく感じてしまう。
(いったい私の何が、彼にこうも忠誠を示させているのだろう)
セロくんの優しい言葉と表情に、何度も救われて来た気がする。
今も、思わず甘えたくなってしまう。
でも私は、こぼれ出しそうな言葉をグッと堪える。
(きっと私は、言わない方がいいわ……だって、わかっているもの)
私が考えていることを口に出すと、きっとここにいる3人は私を優先する。
今までもそうだったから。
でも、そのせいでみんなを危険な目に合わせるかもしれない。
負う必要のない傷を負わせてしまうかもしれない。
(でも、ステラとバルドとは、この状況のまま離れたくない)
私はその場で、結論を出すことができなかった。
「少し、考える時間が欲しいです」
そう言って、私はその場を離れ、テオ様が眠っている部屋に戻った。
ここなら誰か出入りすることもないし、静かに考えられる。
何より、テオ様のそばにいる方が、自信が湧く気がする。
私はベッドのそばに置かれた椅子に腰掛け、思考の海に浸る。
(テオ様たちにこれ以上、私のわがままに付き合わせたくない……でもきっと、彼らの力がないと、私は何もできない。しかも私たちの相手は神……)
どう考えても状況は絶望的で、こちらが大きな損傷を負う結果が目に見えている。
それなら、また安全な今のうちに、魔王城に逃げ帰った方が合理的かもしれない。
でも心の葛藤が消えない。
(せめて私たちに、神に抗う術がわかっていれば)
「——なぜそんな泣きそうな表情をしている」
低く掠れたその声に、私は現実に引き戻された。
声がする方へ視線を向けると、横たわったままのテオ様の、赤い瞳が見えた。




