父親2
オフィーリアが亡くなった後、俺は生きる気力を失っていた。
娘の様子も碌に見ることが出来ず、ひたすら執務に打ち込み、気を紛らわせるように忙しさに身を埋めていた。
ふと、やることを失った瞬間、周りの静けさに、絶望を覚えた。
毎日のようにご苦労様と、労ってくれる心地いい声も、癒してくれるような温もりも、もう二度と感じることはないと、知らしめられた。
一層自分も、彼女の後を追おうと考えたことは、数え切れないほどあった。
そんな絶望の中、俺はふらりと、祈りの場に行きついた。
いつものように祈りを捧げるも、頭の中にはオフィーリアのことしか思い浮かべることができなかった。
(オフィーリア……オフィーリア……お前のいない世界で、俺はどう生きていけば——)
『ああ……かわいそう……かわいそう』
その中、知らぬ女性の声が頭の中に響いた。
『愛しい我が子よ……私が助けてあげる……』
本能が俺に告げる——それは、神の声だと。
彼女は、俺に様々なことを教えた。
『オフィーリアの力は……彼女の子に受け継がせた……』
久しぶりに娘の部屋に踏み入れ、あの子達を覗き込む。
安らかに眠っている2人の顔を見ると、苦しくなる。
俺はこんなに苦しんでいるのに、この子たちは何も知らずに眠っている。
特に忌々しい紫の髪を見ると、憎しみがこみ上げてくる。
もう一人の子に目を向けると、彼女からオフィーリアと似た、神々しい気配が感じ取れた。
——この子こそが、次期聖女だ。
——この子は、オフィーリアが俺に残した、希望だ。
そこから俺のやることは決まっていた。
ステラの力が発覚するまで、徹底的に守り、立派な聖女になるように育て上げる。
もうオフィーリアのような、知らないところで命を落とすことがないように、俺の代わりにあの子を見守れる人、絶対的な信頼をおける人が必要だった。
『——いい方法を授けましょう』
声が俺に告げた。
人間の魂を取り出し、物に宿らせる。
そうすれば、その物を持っている限り、逆らわれることはない。
俺は高い素質を秘めながら、逆らう力を持たない子供を集め、隠密部隊として育てた。
そして訓練に耐え抜いた子たちの魂を、言われた通り物に宿らせた。
誰にも知られないように、その子供たちの家族の口封じも徹底的に。
(すべては……ステラを守るために……同じ間違いを二度と侵さないために)
——それは許されないことだと、薄々気づきながら。
そしてステラが7歳になった年、聖女の力が発現した。
オフィーリアほど早くはないが、歴代の中でも速い方だ。
(やはりステラこそが、オフィーリアの跡を継ぐにふさわしい)
そして同時期に、俺の代わりに勇者の剣を扱える者が現れた。
俺は歴代のやり方を習って、聖女と勇者と共に訓練できるよう取り計らった。
その過程で、次期勇者が聖女のステラを守れる剣になることを望みながら。
(そして不穏分子を……あの忌子を徹底的に制限しないと)
いつあの忌子が、ステラに危害を加えるのかわからない。
もし再びあの忌子のせいでステラを失うことがあれば、今度こそ俺は——
『そなたを、ディアナ・ローランドのお目付け役に任命する……あれの行動を見張り、一挙手一投足報告するように』
自ら育てた隠密部隊『コウモリ』に所属する一人を侍女にし、あの忌子を見張らせた。
あの侍女から俺への強い憎しみを感じていた。
しかしそれは、俺にとって好都合だ。
いずれにせよ侍女は俺に逆らえない。
あの憎しみをいい具合に忌子へぶつけ、絶望の縁まで追い込んでくれれば、こちらも処分する手間を省ける。
しかし予想外のことに、あの忌子はしぶとく生き残っていた。
しかも、隙あればステラと共に行動をしていた。
『貴様は何をしているんだ!この役立たず!』
侍女の魂が宿っている手鏡を、思いっきり壁にぶつけた。
『あ……あああっ!』
侍女は苦しそうに倒れ、胸元を掴む。
魂を宿した物は、簡単に壊れることはないが、衝撃を与えれば本人に耐え難い痛みを与える。
あの声の言う通りだ。
『も……もうしわけ……ありま、せん』
『……貴様の命は吾が握っていることを、忘れるな』
そこから侍女の忌子に対する加虐は勢いを増した。
しかし忌子は追い詰められてはくれなかった。
(目障りな……どうすれば)
そこで目についたのは、毒だった。
『陛下、毒を陛下の食事に入れた使用人が捕まりました』
『放せ!僕は……僕の子の仇を……!』
(コウモリ用に育てた子の家族か。すべて始末したと思っていたが……)
『貴様、使った毒と……その解毒剤を渡してくれれば、子に会わせてやる』
その毒を所持していた使用人は処刑した。
そもそもその使用人の子が生きているかどうかさえ、俺は知らない。
俺はそこで手に入れた毒を侍女に渡し、忌子の食事に入れるように指示した。
念のために、解毒剤を医療室の者にも渡した。
そして侍女が行動した当日、予想外のことが起きた。
侍女は毒を紅茶に混ぜ込んだ。
——その紅茶は、ステラも飲むものだった。
そしてその紅茶を飲んだ人は、ステラしかいなかった。
腹立たしいことにその侍女は、忌子を暗殺し、あわよくばステラにも危害を加え、俺に嫌がらせをしたかったのだろう。
幸い、いざの時に兵士たちに忌子の行動を注意深く見張らせ、すぐ解毒剤をステラに飲ませられた。
そして忌子を死刑に処す言い訳も得た。
侍女にはそれ相応の罰を下したが、忌子を追い出せた功績として、王城で働き続けることを許可した。
——それが間違いだった。
忌子を追放してしばらく、跡を追うようにステラとバルドが王城から姿を消した。
彼らの痕跡は、何一つ見つけられなかった。
明らかに誰かが手を回していた。
執務室から消えた手鏡。
それと同時刻に舞い込んだ、魔法研究者一人の失踪の知らせ。
そしてそれまでに頻繁に入城していた戦士の消失。
正直、油断していた。
あの忌子はもういないと思って、安心しきっていた。
俺は見誤ってしまったのだ、ステラとバルドの、あの忌子への関心も、侍女の執着心も。
そして1か月経たぬうちに、壁近くの町から、未知の病が流行り始めた。
城常駐の医師や研究者たちの知見を持ってしても、その病を治療することができなかった。
しばらくして、病で命を落とした患者が現れ始めた。
成す術が分からず、俺は再び祈りの場に訪れた。
そして問いかけた。
『俺は……一体どこで間違えたんだ』
久しく聞いていないあの声が、再び聞こえた。
『かわいそう……かわいそう……私が……助けてあげる』
程なくして、彼女は現れた。
自分を新たな聖女だと名乗った。
その声、そのオーラ、俺は一目で分かった。
彼女は当時、俺を導いてくれた神だと。
彼女はあっけなく、病に患った者たちを治療して見せた。
そしてすぐ、流行り病は収まった。
『感謝いたします。アステリア様……病について伺ってもよろしいでしょうか?』
『いいよ、教えてあげる。あれは瘴気の影響なの。聖女がしばらく祈りを捧げていないせいで、この国を覆うお守りの結界が弱まってしまったの』
彼女は愛しそうに、憐れむように、城から町を見下ろす。
『それは、私のせいでもあるから、私がなんとかしたの』
俺は彼女の表情から感じた、彼女は心から、この国の人達を憂いていたのだと。
だから、俺は彼女を信じることにした。
彼女の指示に従い、ステラたちが帰ってくるであろう日に、兵士を壁の近くに配置し、そしてステラの力を彼女に——




