父親
私はステラと手を繋ぎ、廊下を歩いていた。
緊張する気持ちが、歩みを緩めてしまう。
「……やっぱり怖い?」
ステラは伺うように問いかける。
私は小さく頷いた。
「お父様は……私には会いたくないでしょう」
「それはっ……ちょっとわからないけど。少なくともお父様は、ディアナを殺すことができなかったでしょう。その理由くらい、問い詰めていいと思うの!」
ステラは私の手を強く握りしめた。
「部屋にはカイルさんとライアンさんもいるし、いざって時は、私もディアナを守るから!」
ステラは意気込むように、勢いよく息を吹き出す。
それがどこか面白くて、私は小さく笑った。
「ふふ……ありがとう、ステラ」
2人話し込んでいたら、いつのまにか目的の部屋にたどり着いた。
私は扉の前で、深呼吸をしていた。
いざ、扉を叩こうとする時、中から話し声が届いた。
「――大体の状況は把握した。礼を言う」
「いえいえ、陛下を助けたのは我々ではないので、礼を言われるようなことは――」
「手当してくれたのは、そなたらだろう……それに、魔族の森で、ステラを守ってくれたのも」
部屋の中が静かになった。
でも私もステラも、なんとなく入りづらくて、扉の前で立ちすくんでいた。
「それなのに、すまなかった。そなたらを、罪人扱いしてしまったこと」
「それは……しかし陛下は、表向きだけでも私たちに処罰を下さなければなりませんでした。そうでしょう?」
「そうだな。俺らを罪人扱いするどころか、不自由のないように地下牢じゃなくて、ちょっといい部屋を用意してくれたんだろう?助けに来てくれた魔族たちが言ってたんだぜ、監視がびっくりするくらい緩かったって……です」
その話に、隣にいるステラがあからさまに胸を撫で下ろしたのを、私は感じた。
(よかった……酷い扱いはされなかったのね)
私も密かに安心していた。
「……吾にできるのは、それくらいだ。実際どうだったんだ?そなたらの目から見て、魔族は」
「体や力、根本的な価値観は異なりますが、嗜虐心を除いたら話は通じる相手だと感じました」
「俺らは魔王城でかなり世話になったんだぜ。飯はさすがに新鮮なもんが使われることはなかったけど、それなりに美味かったし。寝床もなかなかよかった」
「……そうか」
まだ沈黙が続いた。
「陛下が聞きたいのは、別のことでは?」
「いや……そなたらの話も、かなり興味深い」
「しかし、もっと知りたいことがあるはずです……王としてではなく、父親として」
「……今更であろう。散々酷なことをステラに強いて、今になって父親など」
「それは、本人たちに確認した方がいいんじゃないか?聖女さん、もう1人の皇女さんを呼びに行っているし、もうすぐ帰ってくるだろう」
私たちの話に移り、一気に不安が込み上げた。
思わず、一歩後ずさった。
「ディアナ?」
「やっぱり私……会わない方がいいと思うわ」
「急にどうしたの?ここまで来たでしょう?」
「だって……お父様の娘は、ステラだけ。私が入っても無粋でしょう」
(父親としての話をする時、ステラの名前だけを口にしていた……つまりそういうことでしょう)
ステラは一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐ眉を顰めた。
彼女は私の手を強く引っ張り、扉をノックする。
「ステラです!入りますね!」
「ちょっ、ステラ!」
扉を開き、ステラは強引に私を部屋に入れた。
「――お父様!」
ステラの呼ぶ声に反応し、部屋中の視線がこちらへ向いた。
お父様の青白い顔は、最初こそ平淡としていたけど、私を捉えた瞬間、険しくしかめた。
「ステラ、入室する時はもっと静かに――」
「それよりもお父様、私たちに話すことがあるのではありませんか!」
お父様の説教を、ステラは勢いよく遮る。
お父様の顔はますます険しくなっていく。
「外で話を聞いていたのか。行儀が悪いぞ」
「聞こえたのです!話をはぐらかさないでください!言いたいことがあれば私たちに、ディアナに直接話してください」
お父様は顔を逸らした。
「……忌子に話すことなどない」
心がチクリと痛んだ。
でもステラの勢いは止まらない。
「いいえ、あるはずです!この場にいる全員――お父様を含め、命が救われたのはディアナのおかげなのですから。お礼の言葉くらい、口にしたらどうですか!」
ずけずけと言葉を投げかけるステラに対し、私はハラハラが止まらなかった。
「そんなっ、私は、何もしてないから――」
「――は……」
私の言葉は、お父様の大きなため息によって遮られた。
彼はこめかみをで抑えた。
「……気に食わないが、それに関しては事実だ。……希望を言え、一つだけなら叶えてやる」
未だに目も合わせてくれないお父様に対し、ステラは腹を立てたのか、一歩前に踏み出した。
「だーかーらー、もっと素直にお礼を言ったら――」
「いいの、ステラ」
私はステラを止め、お父様に近づいた。
「私の願いはただ一つ……アステリアに関する情報を全部教えて欲しい」
私は、城での光景を思い浮かべた。
大量の兵士を操り、お父様の剣に力を付与し……気づけば、テオ様は刺されていた。
当時はただ、絶望に苛まれていた。
けれど冷静になった今、ぐつぐつと怒りが込み上げてきた。
(テオ様を……私の大切な存在を傷つけた者は、絶対許さない)
テオ様を刺した本人であるお父様も、その背後ですべてを操っていたアステリアも――
「貴様でも、そんな顔ができるのだな」
その一言で、意識が一気に引き戻された。
ステラも、カイルさんとライアンさんも、少し驚いたような表情を浮かべていた。
(私は……どんな顔していたのだろう)
お父様と目線を合わせると、さっきまで顰めていた顔が少し緩めていた。
「……この状況に陥った以上、アステリア様に関する情報は開示しようと考えていた。丁度いい、今話そう」
お父様は記憶を呼び起こすかのように、天井を見上げた。
「思えば、最初にアステリア様の声が聞こえ始めたのは、オフィーリアが亡くなってしばらく経った頃だった」
――彼は昔の記憶を、ゆっくりと語り出した。




