それぞれのやるべきこと
――アステリアは、星の神だ。
その一言に、全員が深く息を呑んだ。
私たちのすぐそばに、神が現れていたという事実に、驚きを隠せない。
それでも、不思議と納得できた。
城で目の当たりにした、あの圧倒的な力。
ステラから力を奪い……取り戻し、お父様の剣に新たな力を付与し、魔王であるテオ様すら寄せつけなかった力。
神の力だと言われれば、納得せざるを得なかった。
「じゃあ私たちは、神様を敵に回したってこと?」
ステラは不安そうに呟いた。
その顔は青ざめている。
無理もない。今まで祈りを捧げてきた存在が、今や敵対しているのだから。
「神ですか……。今まで神話は作り話だと考えてきましたが、まさか現実に現れるとは」
デビトさんは比較的冷静だったが、やはりどこか困惑しているように見えた。
「神が敵ってことは、俺たちじゃ絶対に敵わないってことだろ? 魔王もあの様だしな」
レオードさんの言葉に、誰もが沈黙した。
その言葉を覆せるだけの方法を、私たちは持ち合わせていない。
そこで、セロくんがそっと手を挙げた。
「あの……月の神様はどうですか? 神様同士なら、なんとかできるんじゃ――」
「セレーネ様は今、とても力が弱まっている。こちらに干渉できるほどの力は、ほとんど残っていないのだろう」
アイセルは、セロくんの考えを静かに否定した。
(確かに、夢での話からしても、彼女が私たちを転移させたこと自体、かなり無理をしたように感じる)
でも、方法がないわけではないことを、私は彼女自身の口から聞いていた。
「――祈りを捧げよう」
私は、最後に聞いた彼女の言葉を口にした。
全員の視線が、一斉に私へ向けられる。
「セレーネ様の力を回復するには、祈りを捧げること……そうでしょう? アイセル」
アイセルは真剣な表情を緩め、いつもの甘やかな笑みを浮かべた。
「その通りだよ、ディアナ。神は信仰から力を得る。特に、あの方の魂を受け継いだディアナの祈りは、大きな力の源になるだろう」
そこでようやく、一筋の希望が見えた。
「でも、この少人数の祈りだけじゃ、セレーネ様の力がすぐに回復することはない。どちらにせよ、アステリア様を抑える策を講じなければならないだろうね」
デビトさんが再び場を仕切った。
「ひとまず、現状を整理しましょう。今、こちらには重傷の魔王と人間の王がいます。人間の王についてはどうでもいいのですが……まあ、彼らの回復を最優先事項としましょう」
彼は私へ視線を向けた。
「勇者は城に取り残されていますが、今のところ、あの神から直接脅威を受けている様子はありません。今後の方針として、いざという時の保険のためにも、我々は一日に一度、月の神へ祈りを捧げることにしましょう」
――魔族の祈りに効力があるかは分かりませんが。
彼は小さく呟いた。
他の人たちも異論はないようで、この場はいったん解散となった。
その中で、私は真っ先にアイセルへ声をかけた。
「アイセル、セレーネ様の力についてなんだけど……」
「ああ、あの方に何か言われたのかい?」
私は夢の内容をアイセルに話した。
「力の本質は瘴気の浄化だって言われたんだけど、そこに違和感があって」
(だって私がやってきたことは、魔族の嗜虐心を和らげること、魔族を治療すること、そして魔力の流れを滑らかにすること。瘴気とどう関係しているのか、まるで分からないわ)
「僕にも、あの方の力のすべてを理解しているわけじゃない。僕にできるのは、その力の応用を一緒に考えることだけさ」
彼はいつものように、柔らかく優しい眼差しを私へ向けた。
まるで、私の決断を待っているかのように。
「……ええ、それでもいいわ。私のできることを、増やしたいの」
私は、テオ様が刺されたあの瞬間を思い出した。
何もできなかった、無力な自分を。
(もう、あんなもどかしい思いはしたくない)
アイセルは胸に手を当て、一礼した。
「仰せのままに。では手始めに、あの魔王の治療を終わらせよう」
私たちは、テオ様が眠る治療室へ向かった。
テオ様は、まだ目を覚ましていない。
傷口はほとんど塞がっているように見える。
それでも、黒い粒子は流れ続けていた。
「星の神の力は、魔族と相性が最悪なんだ。だから体の傷が塞がっていても、魔力の器は壊れたまま。正直、魔力量の多い魔王でなければ、とっくに命を落としていてもおかしくない」
私は、黒い粒子が流れ出している箇所へ手を置いた。
「今までのように治療するのもいいけど、今度はこのことも意識してみよう。星の神の力が魔王の回復を妨げているなら、君がその力を追い出すんだ」
私はテオ様へ力を流しながら、注意深く感覚を辿っていった。
(力の流れを感じて……壊れた部分を探して……)
最初は変わったところは見つからなかった。
けれど、力がテオ様の体に馴染んでいくにつれ、感覚が敏感になっていく。
そして――魔力の濃い部分を感じた。
(ここが、魔力の器かな?)
試しにそこへ集中的に力を流してみる。
「……っ!」
テオ様が、小さく呻いた。
私は驚き、咄嗟に手を離しかけた。
それを、アイセルが止めた。
「やめないで。今止めると、またやり直しになる」
私は手を離さないようにしながら、代わりに流す力を弱めた。
(テオ様が苦しむようなやり方じゃ駄目……もっと別の方法を――)
再び、意識を集中する。
魔力の器全体を包み込み、壊れた箇所を探っていく。
その時、違和感を覚えた。
「一か所だけ、テオ様の魔力とは違う部分を見つけた」
「おそらく、それこそが魔王の体内に残留した星の神の力だ。それをどうにかしてみよう」
私はその力を追い出すように、自分の力をぶつけた。
「くっ……!」
テオ様の体が、先ほどより大きく跳ねた。
「っ……! 力をぶつけたら、テオ様に負担が……」
「じゃあ、それを体外へ排出させてみるのはどうかな。魔力交換をする時みたいに、その力をディアナが取り込むんだ」
私は言われた通りに力を巡らせ、アステリアの力を流し出すように誘導した。
すると、その力はテオ様の体を離れ、私の手を通して体内へ流れ込んできた。
もう違和感がないことを確認し、私はゆっくりと手を離した。
「お疲れ様、ディアナ」
「こちらこそ。ありがとう、サポートしてくれて」
アイセルと労い合っていると、扉のところにステラの姿が見えた。
「ステラ? そんなところで、どうしたの?」
私に呼ばれ、彼女は戸惑いながら部屋へ入ってきた。
「なんか、真剣な雰囲気だったから、入りづらくて……。あと、知らせるべきか少し迷っていたの」
ステラは一度、深呼吸した。
「――お父様が、目を覚ましたの」




