忘れ去られた神
夜が更けても、私は未だ眠ったままのテオ様の傍で見守っていた。
そしたら、聖堂の周囲を視察に行ったデビトさんとカイルさんが戻ってきた。
「軽く近くを見て回りました。恐らくこの聖堂は町から離れた辺境にあり、城まではかなり距離があります。しばらく兵士に見つかることはないでしょう」
「気休めだが、近くの村で食材を調達した。そういう気分じゃないと思うが、少しだけでも食事をしよう」
2人は聖堂の裏側で備え付けていた厨房に食材を置いた。
そして驚くことに、カイルさんは手際よく食材を下ごしらえし始めた。
さっきまでセロくんと聖堂中を掃除してたステラは、カイルさんの手元を覗き込んだ。
「カイルさん、普段から料理をするんですか?」
「ん?まーな。戦場でも自分で食事を用意しなきゃならなかったからな」
感心しているステラをおいて、セロくんは私の傍に近づいてきた。
「魔王様の様子はどうですか?」
「顔色はかなり良くなりましたけど……また起きる気配がなさそうです」
呼吸こそ安らかになっているものの、テオ様の目は未だ固く閉じたまま。
傷口からも、微かに魔力が流れ出している。
この聖堂のおかげか私の力は大分回復したけど、アイセルには、今日はもう力を使ってはいけないと念を押されたから、私には見守ることしかできない。
(もどかしい……みんなたくさん戦って、痛い思いをしたのに、私は見守ることしかできない)
痛む心を紛らわせるように、両手をぎゅっと握り締める。
(せめて治療以外、戦いの中で、私にできることがあれば――)
「ディアナ様も、きちんと休んでください」
セロくんは私の前で跪いて、私を心配そうに見上げる。
「私は大丈夫です……みんなは大変な目にあったのに、私は傷1つもありませんでした。せめて自分ができることをしないと」
それ以上心配させないように、私は薄く笑顔を浮かべようとするが、セロくんは私の表情を見て益々悲しそうに口をギュッと結ぶ。
「……ディアナ様――」
「ディアナ!カイルさんがスープを作ってくれたよ」
ステラは湯気が漂う二つのお椀を持って、私たちの元へ来た。
「ありがとう、ステラ……でも、あまり食欲がないわ」
「気持ちはわかるけど、少しでも食べないと……」
ステラまで心配そうに眉を顰めた。
(ダメね、私……みんなに心配かけてばかり)
「わかったわ、そこに置いておいて――」
この時、バタバタとこちらに向かっている足音が響いた。
「ディアナ!面白い本があったよ!」
アイセルは一冊の絵本を前に差し出しながら入って来た。
その後ろにライアンさんとレオードさんが大量の本を抱えていた。
「いやー、いち研究者として、魔法や魔族と関わりありそうな神話は知り尽くしたと自負していましたが、読んだことのない文献がこんなにあるなんて!やはり学びに終わりはありませんね!」
「何で俺が、荷物持ちにされているんだ……」
生き生きしているライアンさんとは対照的に、レオードさんは何だかげっそりしていた。
「調べ物組も終わったか?食いもんを用意したから、食いながら情報共有と行こうか」
カイルさんは鍋を、テーブルに置いた。
私の両隣にはステラとアイセルが座り、向かいにはライアンさん、カイルさん、デビトさん、レオードさんが座った。
セロくんは、なぜか私の後ろに立ったままだった。
「セロくんも座りましょう」
「……失礼します」
私の一言に答え、セロくんはアイセルの隣に座った。
全員が着席したのを確認し、人間の私たちはスープを啜り始めた。
「っ!うそっ、おいしい」
「あったりまえだろう!食堂のおばちゃん直伝だからな」
「おお!カイルにこんな才能があるとは!」
私もスープを一口含む。
野菜の濃厚な旨みが調和しあい、口の中で広がっていく。
「……おいしい」
思わず溢れ出す。
スープの暖かさも体中に馴染み、張り詰めていた神経が緩んでいく。
「さて、人間の皆様が食事をしている間は、私から報告しましょう」
デビトさんは視察で集めた情報を語り始めた。
「さっきお話した通り、この聖堂は辺境近くにあるので、城からの追手は早々来ないでしょう。また、近くに小さな村があり、ほとんど年老いた方たちが暮らしていました」
カイルさんが補足し出した。
「適当なおばちゃんを捕まえて、話を聞いてみたけど、この聖堂はもうずいぶん前から使われていないらしい。50年ほど前までは掃除くらいはされているみたいけど、ここで祈る人がいなくなったから、すぐに廃れたのだと」
ステラの目が丸く見開いた。
「何で祈りに来ないの?この国の人にとって、祈りはほぼ日課でしょう?」
「さあな、村の人たちもわからないらしいんだ。ただ、ここで祈っちゃいけないって、先人に言われたらしい」
(祈っちゃいけない?何でそんなこと――)
私の疑問に答えるように、ライアンさんは立ち上がった。
「この質問、僕が答えあげよう!」
彼は横に置かれたたくさんの本の上に手を置いた。
「アイセルくんが言った通り、ここは月の女神を崇めていた聖堂らしい。ここには、月を信仰する文献が多く残されていた」
ここで、アイセルは手にしていた絵本を私に渡した。
「ディアナ、この本を読んでみて」
私はそれを受け取り、タイトルを覗いた。
「《月の祝福》?」
絵本を開いて、冒頭を読んでみる。
その内容は、誰もが知っているおとぎ話、《星の守り人》と似たようなものだった。
月と星が争い、魔族が生まれ、人間を襲うようになる。
しかし、月に対する描写は、かなり異なっていた。
「月と星の喧嘩により、魔族は生まれました。魔族たちは、身に余る力に苦しみました。月は彼らを憐れみ、祝福を与えました」
ステラの読み上げに合わせ、文字を追う。
絵本によると、月は魔族たちに魔法を与え、力を発散できるようにしたという。
そしてその力は、人間たちにも与えられていた。
こうして、魔法使いは生まれ、人々を守る力を得た。
しかし月は、魔族と人間に力を与えた後、力尽きて深い眠りについた。
「今でこそ魔法使いは珍しくなくなりましたが、歴史上ではかつて、勇者や聖女のように神の力が授かった特別な存在として崇められていたそうです」
ライアンさんは手元の文献を開き、絵本の内容を補足した。
「しかし月は魔族にも力を与えたと伝えられているため、人間に災いをもたらす神として恐れられ、やがて信仰されなくなったそうです」
「だからここに祈る人がいなくなったのね」
ステラは切なげな表情を浮かべた。
私は、何となくさっきのアイセルを思い浮かべた。
(あれって――)
「何にしろ、今日は全員大変力を消耗されたことでしょう。今後のことや詳しい調査は明日からにしましょう」
デビトさんの一言を合図に、私たちはそれぞれ食事を済ました。
聖堂には治療室のような部屋が五つほどあり、重傷を負ったテオ様とお父様は別々の部屋に寝かせた。
念のため、当番制で看病することにした。
そして私とステラは一室を使い、魔族と人間が別々の部屋を使うという振り分けになった。
テオ様の容態が心配で、ベッドに上がるまでソワソワしていたけど、体の疲れに抗えず、すぐに意識を失った。
その夜、私は懐かしい"あの夢"を見た。
《星の守り人》の内容に関しては、序盤の《おとぎばなし》を参照してください!




