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人間から嫌われている私は、魔族に愛される魔女だったらしい  作者: シン
最三章~真相~

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懐かしいその気配

 視界を埋め尽くしていた強い光が徐々に収まり、私はゆっくりと目を開いた。

 私は見知らぬ場所で座り込んでいた。


 壁の塗装はところどころ剥がれ落ち、床には長年積もったと思われる埃が薄く広がっていた。

 そして正面には、一体の大きな女性像が佇んでいる。

 その像は祈るように両手を合わせていた。


 (ここは......聖堂?)

 古びてはいるが、その空気は間違いなく祈りの場のものだった。


 私は周囲を見回した。

 どうして私はここにいるのだろう。


「よかった。うまくいったのね」

 背後から声が聞こえ、私は振り返った。

 そこにいたのはアイセルだった。


「アイセル? ここは――」

 問いかけようとして、私は違和感に気づく。

 目の前にいるのは確かにアイセルだ。

 なのに、どこか違う。

 琥珀のように輝く瞳は白く染まり、その立ち姿はどこか女性を思わせる優雅さを帯びていた。


「聞きたいことはたくさんあるでしょうけど、今は時間がないの」

 彼は私の前に膝をつき、視線を合わせた。


「あなたの仲間たちはほとんどここへ転移させたわ。もうすぐ目を覚ますはずよ」

 静かな声が続く。


「ただ、勇者の彼だけは無理だったわ。アステリアの干渉が強すぎて、私の力ではここまで連れて来られなかったの」

 私は言葉の意味を確かめるように室内を見回した。

 長椅子の間に、見覚えのある人たちが倒れている。


「それと、魔族の彼はかなり重傷よ。すぐ治療してあげて。あの人間も酷い状態だけれど、早く処置すれば命は助かるはずよ」

 そう言って彼は立ち上がった。


「待って!」

 私は慌てて呼び止める。


「あなたは――」

「ごめんね。もっと話したいけれど、時間切れなの」


 彼は柔らかく微笑んだ。

「またね、ディアナ」


 一度閉じられた瞳が再び開く。

 その時には、白かった瞳は見慣れた琥珀色に戻っていた。


「……ディアナ?」

 アイセルは戸惑ったように辺りを見回した。


 そして次の瞬間、目を見開く。

「ここに……あの方の気配が……」

 恍惚とした表情で天井を見上げる。


 この反応は間違いなく、いつものアイセルだった。

 ――今のは、いったい誰だったのだろう。


 その疑問が浮かぶより先に、私は先ほどの言葉を思い出した。

 『重傷』......『魔族の彼』......


「テオ様!」

 私は慌てて立ち上がった。


 室内の中央付近で横たわるテオ様を見つけ、駆け寄る。

 彼は苦しそうに眉を寄せ、額や首には汗が滲んでいた。

 傷口からは血と共に黒い粒子が流れ出している。


 セロくんが斬られた時にも見た光景だった。

 魔族にとって魔力は命そのもの。

 このまま流出し続ければ――。


 私は迷わず傷口へ手をかざした。

 紫色の光が手から溢れた。

 (お願い......間に合って!)


 数分後、黒い粒子の流出は目に見えて減っていた。

 けれど傷は完全には塞がらない。

 強い眩暈が、私を襲う。


 それでも私は治療を続けた。

「ディアナ、このままじゃ君が先に倒れるよ」

 アイセルが背後から手を重ねる。

「僕の力も使って」

 温かな力が流れ込み、私は再び治療に集中した。


 その頃には、周囲から人が目覚める気配がし始めていた。


「っ……ここは……」

「なんだ、ここは?」

「……ディアナ様?」


 デビトさん、レオードさん、セロくん。

 次々と目を覚まし、私たちの方へ集まってくる。

 けれど私は振り返る余裕もなかった。


「……っ!」

 やがて強烈な疲労感が身体を襲い、視界が揺れた。

「ディアナ!」

 倒れそうになった私を、アイセルが支える。


 それでも私は再び手を伸ばした。

 まだ黒い粒子が漏れている。


「ダメだよ」

 アイセルが手首を掴む。

「これ以上続けたら、君が倒れる」

「でも……テオ様が……」


 焦りとは裏腹に身体は言うことを聞かなかった。

 霞む視界の中、デビトさんが傷口を確認しているのを見えた。


「傷はかなり塞がっています。魔力の流出も遅いですね」

「しばらくは大丈夫でしょう」

 続いてセロくんが優しく言った。

「ディアナ様はまず休んでください。力が回復してから治療を続けましょう」


 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた糸が切れた。

 私は力なく後ろへ倒れ込む。


「おっと」

「そんなところじゃなくて、もっと気持ちいい場所で休め!」


 レオードさんは狼の姿へ変わり、私の隣へやってきた。

 アイセルは少しだけ不満そうな顔をしたが、結局私をレオードさんの背へ預ける。

 久しぶりに感じる温かな毛並みに、少しだけ安心した。


 その頃になって、今度は人間たちが目を覚まし始めた。

「……あれ? ここはどこ?」

「……どこだ、ここ」

「……っ」


 ステラ、カイルさん、ライアンさん。

 そして――

「お父様!」

 ステラの慌てた声が響く。

 視線を向けると、お父様が倒れていた。

 胸元は遠くからでも見えるほど、血で赤く染まっている。


「まだ息はあります」

 ライアンさんが膝をついた。

「得意ではありませんが、治療魔法を試してみます」

「聖女さんは離れてろ。俺が応急処置をする」


 ライアンさんは魔法を放ち、カイルさんは慣れた手つきで服を裂き、傷口を手当てしていく。

 その様子を見て、私は少しだけ安堵した。

 少なくとも命は助かりそうだった。


 怪我人の処置が一通り終わった頃。

 皆が自然と私の周囲へ集まった。


「ディアナ、大丈夫?」

 ステラが心配そうに顔を覗き込む。

「ええ……だいぶ楽になったわ」

 まだ疲労は残っているけれど、意識ははっきりしてきた。


「では本題ですが」

 デビトさんが周囲を見回した。

「ここはいったいどこなのでしょう」


 全員が改めて室内を観察する。

 とても古びているけど、どう見ても聖堂であることは間違いない。

 ただ、信心が深いこの国で、普通の聖堂がここまで荒れ果てることなどあり得ない。

 ここは、何らかの理由で放棄された場所なのだろう。


 ――なのに。

 不思議なくらい安心する。

 身体の奥にある力が、喜んでいるような感覚さえあった。


「ディアナ」

 アイセルが静かに声をかける。

「この場所から何か感じるかい?」

「そうね......」

 私は素直に頷いた。


「とても安心するわ。それに……力の回復も早い気がする」

 その答えを聞いて、アイセルは嬉しそうに微笑んだ。

「ディアナがこう感じるってことは、きっと間違いないね」

 

 そして彼は女性像を見上げる。

 まるで長年会いたかった人を見つけたかのような目で。


「ここは――」

 懐かしむように呟く。


「月の君が祀られている聖堂だ」

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