あなたが繋いだ絆
あなたが繋いだ絆
テオ様は黒い剣を握り、お父様の光の剣と激しく打ち合っていた。
その隙を縫うように、アイセルは傷を負ったセロくんを私たちの元へ連れてくる。
近くで見ると、セロくんの顔はひどく青ざめていた。額には汗が滲み、呼吸も荒い。
「傷自体はそこまで深くない。でも、あの光る剣と魔族の相性が最悪なんだ。体内のエネルギーが流出し続けている」
アイセルはそう説明しながら、セロくんをそっと床へ下ろした。
私は慌てて彼の傷口に手を当てる。
紫色の光が溢れ、傷口から漏れ出していた黒い粒子が徐々に薄れていった。
「……っ」
苦しそうに歪んでいたセロくんの表情が、少しずつ和らいでいく。
「大丈夫? セロくん」
「はい……ありがとうございます、ディアナ様」
アイセルとの訓練を続けてきたおかげだろう。
数分もしないうちに、セロくんの傷はほとんど塞がった。
「ふーん。面白いことができるのね」
鈴を転がしたような女の声が頭上から降ってくる。
反射的に私はセロくんを庇うように後退った。
気づけば、さっきまで王座にいたはずのアステリアが、すぐ目の前から私たちを覗き込んでいた。
「なっ……! アステリア、いつの間に――」
驚くステラを見て、アステリアは愛らしく微笑む。
「やだ、そんな怖い顔しないでよ〜。あの魔族が思ったより早く鎖を抜け出したから、気になっただけ!」
頬を膨らませて拗ねたような仕草を見せる。
しかし次の瞬間、その笑顔は消えた。
「ステラ……私を裏切ったのね」
空気が一変した。
重苦しい圧力が部屋全体を支配する。
ステラの唇が恐怖で震えた。
私は思わず彼女の前に出ようとする。
だがアイセルが腕を掴んだ。
「ディアナ……僕たちじゃ、この方には敵わない」
小さな声だった。
けれど、その声には焦りが滲んでいた。
その様子すら見透かしたように、アステリアは視線を向ける。
「物分かりのいい魔族もいるのね」
だが次の瞬間、彼女の表情が険しくなった。
「あなた……どこかで――」
私は隣でアイセルが息を呑むのを感じた。
しかしアステリアはすぐに興味を失ったように肩をすくめる。
「まあいいわ。それより、裏切り者へのお仕置きをしないとね」
パチン、と指が鳴る。
すると床に倒れていた兵士たちの体が淡く光り始めた。
「えっ……」
兵士たちがゆっくりと立ち上がる。
「っ!」
私とセロくんは息を呑んだ。
意識を失っていたはずの兵士たちが武器を握り直し、じりじりとこちらを取り囲み始める。
「あなたたち! 止まりなさい!」
ステラが叫ぶ。
しかし兵士たちは反応しない。
よく見ると、彼らの目には焦点が合っていなかった。
「あの兵士たちは操られている!」
「ディアナ様、僕の後ろに」
セロくんとアイセルが私とステラを庇うように前へ出る。
「あなたたちがいつまで耐えられるか、見物させてもらうわ〜」
アステリアは楽しげに笑いながら兵士たちの間を歩き去った。
その直後だった。
兵士たちが一斉に武器を振り上げる。
「――っ!」
だが刃が届く前に、セロくんが飛び出した。
蹴り一発で兵士を吹き飛ばす。
反対側ではアイセルが兵士の腕をねじ伏せ、その隙を突いてセロくんが拳を叩き込んだ。
兵士たちは次々と倒れていく。
だが――
しばらくすると、また立ち上がる。
「これではキリがありません!」
「これほど自分の無力さを憎む日が来るとはね……」
セロくんとアイセルは必死に応戦する。
それでも包囲網は少しずつ狭まっていった。
「ディアナ!」
兵士たちの向こうからテオ様の声が響く。
「よそ見とは余裕だな!」
お父様が鋭く斬り込む。
テオ様はそれを受け流すので精一杯だった。
助けに来る余裕はない。
胸が締め付けられる。
その時――
横から一本の槍が振り下ろされた。
「っ!」
「ディアナ様!」
私は思わず目を閉じる。
その瞬間。
バタンッ!!
大扉が勢いよく開かれた。
恐る恐る目を開く。
目の前の兵士が、不自然な姿勢のまま止まっていた。
「やれやれ……少しお使いで席を外していたら、なんですか、この混乱極まりない状況は」
聞き覚えのある声だった。
兵士たちの隙間から見えたのは、こちらへ手を向けるデビトさん。
その隣にはレオードさん。
さらに後ろには三人の姿があった。
ライアンさん、カイルさんとバルドだった。
ほっとしたのも束の間、兵士たちを拘束していた魔法も、すぐに光によって打ち破られた。
私の目の前で止まっていた槍が再び動き出す。
「ディアナに剣を向けるんじゃねぇ!!」
レオードさんが兵士の群れを飛び越えた。
鋭い爪が槍を弾き飛ばす。
「レオードさん!」
「ディアナ、無事か?」
彼は私の肩を掴み、全身を確認した。
怪我がないと分かると、すぐに兵士たちへ向き直る。
「遅いじゃないか、犬! ディアナに何かあったらどうするつもりだい!」
「うるせぇ! 守る力もねぇなら引っ込んでろ!」
二人は口喧嘩をしながら兵士たちを薙ぎ倒していく。
外側からはカイルさんとバルドも加わり、兵士たちを無力化していった。
だが、何度倒しても兵士たちは起き上がる。
「面倒ですね……いっそ私の魔法で一気に――」
デビトさんが巨大な魔法陣を展開しようとした瞬間、私は叫んだ。
「デビトさん! お願い! 兵士たちをなるべく殺さないで!」
デビトさんは動きを止める。
そして小さく何かを呟いた。
「……ディアナ様は本当に――」
「デビトさん! 大規模な催眠魔法を展開します。手伝ってください!」
ライアンさんが前へ出る。
巨大な魔法陣が展開された。
それに合わせるようにデビトさんも魔法陣を重ねる。
二つの魔法陣から光の粒子が降り注いだ。
それを浴びた兵士たちは、一人、また一人と倒れていく。
やがて全員が沈黙した。
私はようやく胸を撫で下ろす。
「賢いのね〜。私の催眠魔法を上書きするなんて」
アステリアが部屋の奥で拍手をしていた。
その笑顔は、どこまでも無邪気だった。
「でも――少し遅かったみたいよ」
嫌な予感がした。
私は反射的に視線を向ける。
そして――
目を見開いた。
そこには。
お父様の光の剣に胸を貫かれたテオ様の姿があった。




