あなたがくれた世界
お父様は一本の剣を取り出し、私へ向けた。
その眼差しは凍りつくほど冷たく、背筋が震えるほど鋭い。
――ああ、やっぱり私は、この人に愛されることはない。
私はそう、改めて思い知らされた。
しかし、お父様はしばらく待っても動かなかった。
静寂が広間を包み込む。
「どうやら貴様は、魔族の森で腕の立つ護衛をそばに置いたらしいな」
その一言で、私はようやく周囲の状況に気づいた。
いつの間にか、兵士たちは全員地面に倒れていた。
そしてセロくんは、地面に落ちていた一本の槍を拾い上げ、私を庇うように前へ出る。
「たとえディアナ様の父君であっても、ディアナ様に仇なす者は、すべて僕が排除します」
その背中は、普段の穏やかな印象からは想像できないほど凛としていて、とても心強かった。
「ほう。知らぬ間に貴様は、男をたぶらかす悪女にまで成り下がっていたのか」
お父様は剣を構える。
「では、まずは貴様の護衛から相手をしてやろう……!」
お父様は階段を駆け下り、そのままセロくんへ向かって剣を振り上げた。
セロくんは槍を横に構え、素早くその一撃を受け止める。
激しい衝撃がぶつかり合い、風が巻き起こった。
「ディアナ様、もう少し離れていただけますか?」
「う、うん……!」
お父様の剣先と、それを受け止めるセロくんの槍が激しく震えていた。
私は戦いに巻き込まれないよう、慌てて後ずさる。
私との距離を確認したセロくんは、お父様の剣を弾き返した。
そして間髪入れず、鋭く槍を突き出す。
お父様はそれを躱し、時には剣で弾きながら応戦した。
セロくんの動きが一瞬鈍った隙を突き、お父様は鋭く剣を振るう。
だが、それもセロくんは防ぎ切る。
俊敏で力強いセロくん。
それに真正面から渡り合うほどの剣技を持つお父様。
どちらも一歩も譲らない、息を呑むような接戦だった。
だからこそ、何もできない自分がもどかしくて仕方ない。
(私のせいで戦うことになったセロくんに、私は何ができるんだろう――)
「ねえ、まだ終わらないの〜?」
無邪気なその声は、王座の方から響いた。
いつの間にか、アステリアという女性が王座に座っていた。
「せっかく時間を稼いであげたのに、全然あの忌子を片付けてないのね」
「……面目ありません、アステリア様」
私は目を見開いた。
この国の頂点に立つお父様ですら、彼女に対して頭を下げている。
その事実が衝撃だった。
「ん〜、もしかしなくても、あの小さい子のせいなのかな? 弱そうだから見逃してあげたけど、思ったよりしぶといのね」
アステリアは頬杖をついたまま、お父様へ指を向けた。
すると、お父様の剣に強い光が纏わりつく。
「あなたの剣に力を付与してあげたから、今度こそうまくやってね」
「……かたじけない」
お父様は再び、光を纏った剣をセロくんへ向けた。
「……っ!」
お父様が勢いよく剣を振り下ろす。
セロくんは槍で受け止めたが、先ほどより遥かに重い衝撃が広がり、その余波は離れている私のところまで届いた。
「くっ……!」
セロくんは歯を食いしばり、震える腕で必死に剣を支えている。
――バキッ
槍が折れる音が響いた。
セロくんは即座に槍を捨て、剣を躱しながら後ろへ飛ぶ。
だが完全には避けきれず、肩に細長い傷が刻まれた。
「っ……!」
セロくんは苦しそうに傷口を押さえる。
「セロくん! 大丈夫――」
「来ないでください!」
駆け寄ろうとした瞬間、セロくんが声を荒げて私を止めた。
肩からは黒い粒子のようなものが溢れ、赤黒い血がぽたりぽたりと床へ落ちる。
私はただ、それを見ていることしかできなかった。
「……アステリア様の力が効くということは……やはりその男は魔族なのだな」
お父様は剣先を、セロくんの首元へ向ける。
「やめて!!」
全身から血の気が引き、思わず叫んだ。
けれどお父様は動じることなく、冷たくセロくんを見下ろしていた。
「魔族よ。ディアナを置いて大人しく森へ帰るというなら、今だけ命は見逃してやるぞ」
セロくんは俯いたまま、しばらく動かなかった。
やがて、小さく声を漏らす。
「……ディアナ様がいらっしゃらない世界に、生きる意味はありません」
お父様の手が、ぴくりと震えた。
「ディアナに……あの忌子に、魔族である貴様がそこまで執着する価値があるというのか」
「あなたにもわかるはずです……そばにいるだけで、世界が輝いて見えるような、そんな存在を」
セロくんはゆっくり顔を上げた。
私から表情は見えない。
けれど、お父様が息を呑んだのはわかった。
「僕はもう、ひとりぼっちでモノクロの世界には戻れない。ディアナ様は、僕にとってそういう存在なんです」
「……そうか。残念だ」
お父様は剣を大きく振り上げた。
「兵士たちの命を奪わなかったことに感謝し、せめて苦しまぬよう逝かせてやろう」
「いやぁっ!!」
私は反射的にセロくんへ駆け出した。
でも、どう見ても間に合わない。
お父様が剣を振り下ろそうとした瞬間、私は思わず目を閉じ――
ガシャーンッ!!
鋭い金属音が広間に響いた。
恐る恐る目を開く。
そこには、黒い剣が、お父様の剣を受け止めていた。
「ディアナ!」
ステラがお姉様が私へ駆け寄ってくる。
その隣には、アイセルさん。
そして、お父様と対峙していたのは――
「テオ……様?」
「召使い。よく今までディアナを守ってくれた」
テオ様の足元に浮かんでいた魔法陣が消える。
彼はそのまま、お父様の剣を弾き返した。
「……貴様らも魔族か」
「そういう貴様こそ、自分の女も碌に守れず、ディアナに八つ当たりした情けない人間の王だな」
テオ様の挑発に、お父様は眉をひくつかせた。
「どうやら吾は、その忌子を見誤っていたらしい。これほど多くの魔族をたぶらかせるとは」
テオ様とお父様は、同時に剣を構える。
テオ様の剣からは妖しい紫の光。
お父様の剣からは、眩い白い光。
「貴様ら魔族を片付けてから、あの忌子を断罪するとしよう」
「少しは楽しませてくれるんだろうな、元勇者」
そして二人の剣が、再び激しくぶつかり合った。




