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人間から嫌われている私は、魔族に愛される魔女だったらしい  作者: シン
最三章~真相~

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貴様の覚悟

《テオボロス目線》


 目の前にいる不気味な女は、ディアナをどこかへ転移させた。

 しかも魔法陣も使わず、ただ魔力を放出しただけで。

 魔族の魔法も、陣が必須というわけではない。だが、転移のような精密かつ大規模な魔法となれば話は別だ。

 それを、この女はまるで息をするようにやってのけた。


 ――こいつはいったい何者だ。

 (いや、今はそんなことより――)


「ディアナをどこにやった?!」


 俺のものを、俺から引き離そうとするこの女に苛立ち、全身に魔力を纏わせた。

 人間は言うまでもなく、魔族ですら、この程度の魔力を浴びれば卒倒するはず――


「まあまあ、少し落ち着いたらどうなの? ゆっくり話すこともできないじゃない」


 女は怯える素振りを一切見せず、むしろ俺を嫌悪するように手を振った。

 その瞬間、四方から光の鎖が伸びてきて、俺の身体に巻きついた。


「っ! なんだ、これは!」


 鎖に触れた瞬間、纏っていた魔力が散らされる。さらに体内の魔力までもが強引に押さえ込まれた。

 外そうとしても鎖はびくともせず、魔法も使えない。


 こんなことは初めてだった。

「おい、貴様! この鎖を外せ!」

「本当にうるさいわね。私はステラと静かにおしゃべりしたいのに」

 女は軽蔑するように俺を一瞥した。


「ディ、ディアナは? ディアナはどこに行ったの?!」

「ああ、悲しまないで、ステラ。ちゃんと答えてあげるから」

 女は俺への態度から一変し、人間の聖女には媚びるような声音を向けた。


 鳥肌が立つ。


「そうね……ただ答えるのもつまらないし、ステラには特別に、昔話を聞かせてあげる♡」


 女はペラペラと、この国の話を語り始めた。

 文脈からして、ディアナの親の話なのだろう。


 正直、ディアナの過去になど興味はない。

 だが聞いているうちに、人間の王に対して殺意しか湧かなくなった。

 愛する女を守れなかった自分の弱さから目を逸らし、その怒りをディアナに向けるなど、不快でしかない。


 しかし、人間の聖女は違った。

 話を聞くたびに顔を青ざめさせ、今にも泣き出しそうな表情になっている。

 (ディアナもこの話を聞けば、同じ反応になるんだろうか)

 昔話を語り終えた女は、歪なほど不気味な笑みを浮かべた。


「あの忌子は今、ダーウィンのところにいるよ♡」


 ディアナは、人間の王のもとにいる。

 その王は、ディアナの死を望んでいる。

 一緒に転移させられた召使いの姿も見えたが、いつまでもつかわからない。

 (一刻も早く、ディアナのところへ行かなければ――!)


 だが、鎖に巻きつかれた身体では、魔法どころかまともに動くことすらできない。

「さて、質問に答えてあげたことだし、時間も充分稼げたはず。私はダーウィンのところへ行って、見物してくるよ」

 女は俺に目もくれず、部屋を出ようとする。

「また会いに来るね、ステラちゃん♡」

 女が消えた部屋に、静寂が降りた。


 俺はどうにか鎖から逃れようともがく。

 しかし、女が消えた今でも、拘束が緩む気配はなかった。


「くそっ……おい、アホ猫! いつまで呆けている! この鎖をどうにかしろ!」


 部屋の隅で突っ立っている猫に怒鳴りつける。


 あの女を見てから、こいつの様子は明らかにおかしかった。

 普段なら鬱陶しいほどディアナにまとわりついているくせに、さっきからまるで動こうとしない。


 俺の怒鳴り声を聞き、ようやく意識を戻したようにビクッと震えた。


「あ、ああ」

 猫は俺に近づき、鎖を観察する。


「これは……僕じゃ解けないね」

 一目見ただけで、あっさり諦めやがった。

 最初から期待などしていなかったが、なんとなく腹が立つ。


「解く術はないのか」

「魔族じゃ無理だね。これは僕たちと相性が悪い、勇者の剣や聖女の力と同じ性質を持っているから」


 猫は、ベッドの上で縮こまっている聖女へ視線を向けた。

「聖女なら、どうにかできるんじゃない?」

「……わ、私?」


 聖女はきょとんと目を丸くした。

 だがすぐに、湿ったように俯く。


「でも私……もう、聖女としての力を持っていないの……」


 (……そういうことか)

 この城に入ってから、ずっと違和感があった。

 ――気配が、力が、この城だけ異様に濃い。


 しかもその力は、勇者の剣や聖女から感じるものと同じ性質だった。

 さっきまでこの部屋にも、その力が満ちていた。

 だが、あの不気味な女が消えた途端、違和感も消えた。

 そして目の前の聖女からは、何も感じ取れない。


 ならば結論は一つ。

 ――あの女が、聖女の力をすべて奪ったのだ。

 ならば目の前にいるディアナの姉妹は、もはや聖女ではない。

 ただの人間だ。


 ……だが、それがどうした。


「力がなくとも、この鎖をどうにかすることくらいできるだろう」

「えっ……どういう意味?」


 元聖女は、再び困惑した目を向けてくる。

 思わずため息をつきたくなった。

「貴様は、力さえあれば魔法を扱えると思っているのか」

「……違うの?」


 頭が痛い。

 今すぐにでもディアナのもとへ行かなければならないというのに。


「いいか! 魔法は魔力と技術、その両方が揃って初めて発動する。聖女の力も同じだ。貴様には力がないが、技術は残っている」

 元聖女は、まだ理解できていないように呆けていた。


 (なぜ俺が、この人間に力の使い方を教えなければならんのだ!)

「貴様には技術がある。この鎖には力が宿っている! 魔法を発動する条件は揃っているんだ。説明はもう十分だろう。さっさとどうにかしろ!」

 元聖女は数秒動きを止めたあと、自分の手を見つめた。


「でも……私なんかじゃ、アステリアの力には到底――」

「及ばんだろうな。だが、この鎖くらいなら貴様でもどうにかできるはずだ」


 それでも、元聖女は動かない。

 まったく呆れたものだ。

 力が弱くても、必死に使いこなそうとしているディアナを少しは見習ってほしい。


「そうか、わかった。貴様はディアナがどうなってもいいということだな」

「なっ……なんでそうなるの?! 私だって、ディアナが心配で――」

「なら、なぜ動こうとしない。ディアナは今危険な状況にいる。そしてあいつを救える力を、俺は持っている。それでも動かないということは、ディアナを救う気がないということだろう」

「そ、それは……」


 元聖女は一瞬シーツを強く掴み、その後ゆっくりと立ち上がった。

 おぼつかない足取りで、こちらへ近づいてくる。


「……どうすればいい? どうすればこの鎖を――」

「知らん。自分で考えろ」


 苛立ちながら言い放つ。

 だが別に突き放しているわけではない。

 俺は聖女の力の使い方など知らないのだから。

 どうすればいいのかは、元聖女であるこいつにしかわからない。


 元聖女は鎖を掴み、力任せに引き剥がそうとした。

 しかし鎖はびくともしない。


「んっ……!」

 何度も角度を変え、鎖を引っ張る。


「聖女、力任せじゃなくて、鎖に宿っている力の波を感じてみて」

 見ていられなくなったのか、猫が助言した。


 元聖女は言われた通り動きを止め、目を閉じる。

 何かを感じ取るように、静かに呼吸した。


「……魔王、様」

「なんだ」

「なんの力も持たない私の代わりに……ディアナを助けてくれますか?」

「当たり前だ」

 ――俺からディアナを奪おうとするものは、すべて消し去る。


 俺の答えを聞き、元聖女はふっと笑みを漏らした。


 次の瞬間。

 光の鎖が、音を立てて崩れ落ちた。

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