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人間から嫌われている私は、魔族に愛される魔女だったらしい  作者: シン
最三章~真相~

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親子としての情

 気がつくと、私は謁見室の中央に立っていた。

 先ほどまで視界を埋め尽くしていた強い光のせいで、体の感覚がうまく戻らない。ふらりと体勢を崩しかけた、その時――。


「ディアナ様!」

 隣から伸びた手が、私の体をしっかり支えた。

「セ、セロくん? なんで、私たちだけ……?」

「ディアナ様は、あの女に転移させられたのです。僕は無理やり魔法陣の中へ踏み込みましたので、一緒に飛ばされました」


 穏やかな黒い瞳を見て、少しだけ安心する。

 ――しかし、その直後。

 ガチャリ、と無数の金属音が響いた。

 顔を上げると、私たちは大勢の兵士に囲まれていた。何本もの槍が、一斉にこちらへ向けられている。


「……アステリア様の言った通りだな。まさか生きていたとは」

 低く冷たい声が、謁見室に響き渡った。

 コツ、コツ、と足音が鳴る。

 王座の奥から現れた人物を見て、私は息を呑んだ。


「……お父様」

 ローランド国王――私の父。

 白銀の瞳は相変わらず冷たく、感情のない視線で私を見下ろしていた。


「髪色を変えたようだが、それだけで国に受け入れてもらえると思ったか」

「違います! この髪は――」

 視界に映るのは、淡く柔らかな菫色の髪。

 皮肉なことに、この髪色はここへ来るまで私を守ってくれた。けれど、お父様の冷たい眼差しまでは誤魔化せなかった。


 体が反射的に震え出す。

 すると、セロくんが私の前へ静かに歩み出た。

「ディアナ様、安心してください。誰ひとり、あなたを傷つけさせません」

 凛と立つ背中と、力強い声。

 それだけで、不思議と震えが少し収まっていく。


 私は深く息を吸い、激しく脈打つ胸を押さえるように、服を強く握った。

「……お父様。ずっと、お聞きしたかったことが――」

「黙れ!」


 怒声が、空気を震わせた。

「貴様に父親と呼ばれるのは不快だ!」


 お父様が勢いよく手を振り下ろす。

 それを合図に、兵士たちが一斉に動き出した。


「行け! その忌子を殺せ!」

「「おおおおっ!!」」


 兵士たちは槍を構え、容赦なく襲いかかってくる。

「っ……!」

 目の前まで迫った槍に、私は思わず目を閉じた。


 ――だが。

「がっ……!」

「ぐあっ!」

 鈍い音と悲鳴が立て続けに響く。


 恐る恐る目を開けると、襲いかかってきた兵士たちは全員、床へ倒れ伏していた。

「……ディアナ様には、髪一本傷つけさせません」

 セロくんが、兵士の一人を床へ押さえつけている。

 あの一瞬で、複数の兵士を無力化したのだ。


「な、何が起きた!?」

「見えなかったぞ……!」

 兵士たちは動揺し、後ずさる。


「怯むな! 相手はたった二人だ! 必ず忌子を仕留めろ!」

 お父様の怒声に、兵士たちは再び突撃してきた。

「うおおおおっ!!」

 次々と振り下ろされる槍を、セロくんは最小限の動きで捌いていく。


「うっ!」

「ぎゃあっ!」

 兵士たちは次々と地面へ沈んでいった。


(セロくん、強い……)

 メイリーをあっという間に拘束したと聞いた時も驚いたけれど、大人数相手でもここまで圧倒できるなんて。

 しかも、彼は一切魔法を使っていない。

 これが魔族の力なのか、それともセロくん自身が特別強いのか――私には分からない。

 

 でも、今は考えている場合じゃない。

 セロくんが兵士たちを抑えているうちに、聞かなければ。


「お父様! ステラが聖女ではなくなったとは、どういうことですか!」

 戦闘音に掻き消されないよう、私は声を張り上げた。

 けれど、お父様は答えない。ただ冷たく私を見下ろしているだけだった。


「ステラは、立派な聖女になるために、ずっと努力してきたんです! お父様だって、それをご存知でしょう!?」

「……」

「何とか言ってください! ステラは、あなたの愛する娘でしょう!」

 感情が抑えきれず、語気が強くなる。


 その瞬間。

 お父様の口元がぴくりと歪んだ。

「……忌子のくせに」

 低く吐き捨てるような声。


 次の瞬間、彼は顔を歪めて怒鳴った。

「すべて貴様のせいだろうが!!」

 私は言葉を失った。


「ステラは、貴様が生きているというくだらない希望を抱いたせいで、国から抜け出し、聖女の力を奪われたのだ!」

「えっ……?」

 頭が真っ白になる。


 ステラが城を抜け出したことで罰を受けた――そこまでは理解できる。

 でも。

(力を……奪われた?)

 理解が追いつかない。


 問いただそうとするより早く、お父様は憎悪に満ちた目で私を睨みつけた。

「貴様はいつもそうだ! 何食わぬ顔で、吾から大切なものを奪っていく!」


 その瞳は、今まで見たことがないほど激しく歪んでいた。

 

(どうして……?)

 生まれ持った髪色が違う。

 ただ、それだけで。

 実の父親に、ここまで憎まれなければいけないの?

 

「私は……何をしたというのですか?」

 ずっと心の奥に押し込めていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。

「髪色が違っても、神に祝福されていなくても……私も、あなたの娘でしょう!」


 愛されたいなんて、もう思っていない。

 でも、せめて理由だけは知りたかった。

 その思いを込めて、お父様を睨み返す。

 お父様もまた、私を鋭く睨み返していた。


「娘だと?」

 彼は鼻で笑った。

「貴様を娘に持ったせいで、吾の人生は狂わされたのだ」


 マントを翻し、彼はゆっくり口を開く。

「この茶番の間だけ、教えてやろう。貴様が生まれたことが、どれほど罪深いことだったのかを」


 そして。

「貴様は、吾の最愛の人――オフィーリアを死に追いやったのだ」


 私は目を見開いた。

「お母様は……病で亡くなったと……」

「そうだ。神に愛されぬ忌子を産んだことで、周囲に蔑まれ、迫害され、心を病み……自ら命を絶った」

「自ら……?」


 お父様は王座へ腰を下ろし、苦しそうに前髪を掴んだ。

「貴様が生まれた時、吾も……オフィーリアも、愛そうとしたさ」

 苦しげな声だった。

「神に祝福されなくとも、我々が愛せばいいと、そう思っていた」


 けれど、と彼は続ける。

「周囲はそれを許さなかった。忌子が生まれたのは、オフィーリアが神の怒りを買ったからだと……」

 その瞳から怒りが消え、代わりに深い悲しみが滲む。

「オフィーリアは悪意に晒され続けた。社交界では陰口を叩かれ、疎まれ、心を病んでいった。そして……貴様を見るたび、泣き崩れるようになったのだ」

 お父様は唇を強く噛み締めた。

「『私のせいだ』と、何度も呟きながらな」

 真実に、私は衝撃を受けた。


 けれど――。

(どうしてだろう)

 お父様は苦しそうなのに。

 悲しそうなのに。

 私は、その痛みを共有できなかった。

 お母様の顔すら、まともに覚えていない。

 現実感がなかった。


 それに――。

(私は、お母様に何かをしたわけじゃない)

 昔の私なら、全部自分のせいだと思っていたかもしれない。

 でも、今は違う。

 テオ様たちに愛されて。

 自分を少しだけ、好きになれそうな今なら。

 もう、全部を抱え込もうとは思えなかった。


「……貴様は、もう罪悪感すら抱かぬのだな」

 お父様は立ち上がり、王座のそばに置かれていた剣を掴んだ。

「魔族の森で生き、心まで人間を捨てたか」

 

 鞘から剣が引き抜かれる。

 切っ先が、真っ直ぐ私へ向けられた。

「やはり貴様は、吾の手で断罪しなければならん」


 白銀の瞳が、憎悪に染まる。

「ディアナよ。この城へ戻ってきたことを感謝しよ」

 そして、お父様は低く笑った。


「おかげで吾は――今度こそ、自らの手で復讐を果たせる」

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