魔王テオボロスの欲望
デビトさんに「テオ様を説得しろ」と言われ、私は頭を抱えた。
「どうしたらテオ様を説得できるのかしら……。先程はとてもお怒りでしたよね」
「ええ……犬が思わず毛を逆立てるくらいには」
やっぱり、誰の目から見ても、テオ様は怒っていたらしい。
「私が勝手に魔王城を離れることを、よく思っていないのかしら」
「ディアナ様の中で、魔王様は随分と“優しい存在”になっているようで」
デビトさんは、どこかおかしそうに喉を鳴らした。
「? どうして笑うんですか?」
「いえ……ディアナ様は、我々を……特に魔王様を、少々美化しすぎているように見えたので」
彼は笑いを収め、改めて私へ向き直る。
「あなたの前ではかなり柔らかく振る舞っていますが、魔族はあなたが思うより、ずっと身勝手で、自己中心的で、欲深い生き物ですよ」
意図が掴めず、私は首を傾げた。
「それは、どういう――」
「特に魔王様は、あなたより遥かに長く生きていても、魔族の中ではまだ幼子のようなもの。自分の欲を抑える術を、まだ知らないのです」
――ねぇ?
デビトさんが入口へ視線を向ける。
釣られて振り返った瞬間、私は息を呑んだ。
そこには、鬼のような形相でこちらへ歩いてくるテオ様の姿があった。
反射的に立ち上がる。
「テオ様――」
「なぜお前がここにいる」
テオ様は私の目の前へ立つと、強い威圧を纏ったまま顎を乱暴に掴み上げた。
「あの部屋には結界を張ったはずだ」
「……結界は一時的に解除しました。テオ様、話を――」
「来い」
彼は私の言葉を最後まで聞かず、そのまま腕を掴んで書庫を出ていく。
視界の端には、優雅に微笑むデビトさんと、慌てふためくセロくんの姿が映っていた。
連れて来られたのは、テオ様の部屋だった。
考えてみれば、ここへ入るのは随分久しぶりだ。
けれど、以前のような甘い空気はない。
私はそのまま乱暴にベッドへ投げ込まれた。
「っ……テオ様、話を――」
「話すことはない」
彼は私へ覆い被さり、逃げられないよう押さえ込む。
「お前を、どこにも行かせない」
「テオ様、少し落ち着――んっ……」
言葉を遮るように、唇が塞がれた。
強引に重ねられた口付け。
逃がすまいとするように絡め取られ、息が苦しくなる。
(くる、しい……)
押し返そうとしても、魔族と人間では力の差が大きすぎた。
テオ様は微動だにしない。
苦しさに涙が滲む。
いつもなら胸が高鳴るはずの触れ合いが、今はただ苦しい。
なんとか逃れようとして、私は意を決して彼の唇へ軽く歯を立てた。
「っ……!」
反射的にテオ様の動きが止まる。
その隙を突き、私は身体を起こして距離を取った。
「はっ……はっ……少しは、話を聞いてください……」
「……お前は、やはりあの聖女が大事なんだろう」
テオ様は苦しげに眉を寄せた。
その顔は、怒っているというより――どこか寂しそうだった。
まるで、不器用な子供みたいに。
(デビトさんが言っていた、“幼子のようなもの”って……こういうことなんだ)
私は少しだけ、理解した気がした。
テオ様には、まだ私の知らない感情がたくさんある。
そして私は、それをちゃんと受け止めなきゃいけない。
「教えてください……。どうして、そんなに私を国へ返したくないんですか?」
「……」
テオ様は迷うように視線を伏せ、それから私の背へ腕を回して、ゆっくり引き寄せた。
「俺は、お前が欲しい」
低い声が、耳元で響く。
「お前が俺しか見えなくなるくらいに。俺なしじゃ生きられなくなるくらいに。俺しか欲しがらなくなるくらいに……お前の世界を、全部俺で埋め尽くしたい」
語られたのは、想像を遥かに超える執着だった。
「でも、お前は違う」
責めるような目が、私を射抜く。
「俺が特別だと言いながら、あの聖女も、勇者も……デビトも、駄犬も、召使いも、猫も、お前にとってはみんな特別なんだろう」
背へ回された腕に、力がこもる。
「俺は、お前以外どうでもいい。いつ捨てても構わない。でもお前は違う。誰も捨てられない。お前の世界には、いつも俺以外の誰かがいる」
その声には、怒りよりも焦りが滲んでいた。
「やっと、あの聖女が城を離れて……お前の気を引く存在が一つ消えたと思ったのに。お前を人間の国へ返したら、今度こそ、お前はあの聖女を選ぶ」
デビトさんは言っていた。
魔族は、私が思うよりずっと欲深い生き物だと。
今ならわかる。
テオ様の欲望は、私の想像より遥かに深い。
「なら、いっそお前を閉じ込めて……俺以外に会わせないようにして、俺以外を必要としないように、記憶まで――」
「テオ様!」
私は咄嗟に彼の頬を両手で包み込んだ。
今にも闇へ沈みそうな彼を、引き戻したくて。
「私は、テオ様の欲望を全部叶えることはできません」
はっきりと言葉にする。
「部屋に閉じ込められたまま生きたくありません。みんなにも会いたいです」
その瞬間、テオ様の身体がぴくりと揺れた。
「……やはり、お前は――」
「でも!」
私は遮るように続ける。
「他の“唯一”なら、あげられます」
緊張で胸が苦しくなる。
それでも、私は逃げなかった。
「こんなに近づくのも、触れられるのも……く、口付けするのも、テオ様だけです!」
予想外だったのか、テオ様がぽかんと固まった。
「……それじゃ、ダメですか?」
ぎゅっと手を握り締めながら、涙で少し潤んだ目で見上げる。
すると、テオ様が深く息を吸った。
「……あの聖女とは抱き合っていたのに?」
「うっ……。嫌なら、今後は控えます……」
「あの勇者を名前で呼んでいただろう」
「そ、それは慣れてしまって――」
突然、テオ様の腕が私の腰へ回る。
そのまま、強く引き寄せられた。
「あの猫も呼び捨てだった」
「つ、使い魔ですし――!」
「全然、“唯一”をくれてない」
不満げに口を尖らせるテオ様。
(そ、そんな細かいところ気にしてたの!?)
呆れ半分。
でも、それ以上に。
くすぐったくて、愛おしくて、少し嬉しい。
そんな風に感じてしまった自分に慌てて、私はぶんぶん首を振った。
「そ、それで! 国へ帰る件なんですが――」
「それはダメだ」
即答だった。
でも、簡単に許してもらえるとは思っていない。
「じゃ、じゃあ……テオ様も一緒に来るというのは――」
「俺にメリットがない」
これも予想通り。
私はデビトさんの言葉を思い出した。
本当にこれで説得できるのかはわからない。
それでも、私は勇気を振り絞る。
「無事に帰って来られたら、テオ様と……つ、“番契約”を結びます!」
全身が熱くなる。
恐る恐る反応を窺うと、テオ様は目を大きく見開いていた。
「お前は……その契約の意味を理解した上で、言っているのか?」
ここで魔族たちの年齢順を大公開します:
デビト>>>>レオード>アイセル>>テオボロス≈セロ
デビトは魔族界の大先輩でおじいさんです、優しくしてやってください!(こら)
案外テオ様とセロくんは同年代です。
でも魔族は基本強さで物事を見ていますので、年齢を気にすることはほとんどないです。




