決断
無理矢理部屋へ送り返された私は、そのままベッドへ座り込んだ。
「……落ち着かなきゃ」
正直、さっきの私は完全に感情的だった。
レオードさんたちがあまりにも淡白に話すものだから、頭に血が上って「帰る」なんて口走ってしまったのだ。
でも、私に何かできる力があるわけじゃない。
今さら国へ戻ったところで、何もできないかもしれない。
それどころか、“処刑されたはずの皇女”が帰還すれば混乱を招くだけだ。
今度こそ、本当に殺されるかもしれない。
それでも――。
ステラが心配な気持ちは、本物だった。
あんな表情を見せられて、気にならないはずがない。
それに……。
初めて「助けて」と言われた。
ステラに。
誰かに助けを求められたのは、初めてだった。
(そんなの……なんとかしてあげたいって思うに決まってる)
ようやく少しだけ気持ちの整理がつき、私は改めてテオ様たちに相談しようと立ち上がった。
ドアノブへ手をかけるが――
(あ、あれ?)
何度回しても、扉はびくともしなかった。
「もしかして……」
嫌な予感がして、今度は窓へ駆け寄る。
だが、窓も開かない。
「私……閉じ込められてる?」
脳裏に浮かぶのは、あの時のテオ様の冷たい視線。
そして最後に放たれた言葉。
『どうしても行きたいなら、自分でどうにかしてみることだな』
(自分でどうにかしろって……最初から何もさせる気ないじゃない!)
レオードさんたちへ抱いた苛立ちが、再び胸の奥から噴き上がる。
――これが、“腹が立つ”って感情なんだろうか。
けれど、怒りをぶつける相手もいない。
部屋から出られない以上、何も始まらない。
私は深呼吸し、静かに呟いた。
「……アイセル」
足元へ魔法陣が浮かび上がる。
そこから現れたアイセルは、片手を胸へ当て、恭しく一礼した。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
「アイセル。この部屋から出られるようにできる?」
アイセルは部屋を見回し、確認するように目を細めた。
「魔王の結界だね。かなり強力だ。僕じゃ解除できないかな」
「そう……」
予想していた答えだった。
それでも、少しだけ肩が落ちる。
「ディアナは、本当に人間の国へ行きたいのかい?」
アイセルが珍しく真剣な目で見つめてくる。
「ええ。さっきは勢いで言った部分もあったけど……それでも、気持ちは変わらないわ」
「どうして? あの聖女、怪我なんてしてなかっただろう? 帰っても危険なだけだと思うけど」
「……たとえ身体に傷がなくても、心は傷ついているかもしれない。人間は、心も弱いの」
なんども傷つけられ、心を殺されそうになった私にはわかる。
人間は、肉体が生きていても、心が死ねば“生きる屍”になる。
アイセルは静かに目を閉じ、しばらく考え込んだ。
「……わかったよ」
やがて彼は小さく息を吐く。
「どのみち、ディアナが本気で願ったなら、僕には止められない」
アイセルは扉へ近づいた。
「この結界自体は僕じゃどうにもできない。でも、ディアナなら壊せると思う」
「どうすればいいの?」
私も扉へ向き直る。
「君の力を使うんだ。今までは“鎮める”ために使ってきただろう?」
アイセルは私の手を取り、扉へ向けた。
「魔力を鎮める時は、荒れた波を凪いだ水面へ戻すような感覚だったはず。今度は逆だ。部屋へ張られた魔力を“乱す”んだよ」
私は目を閉じ、結界の魔力を感じ取る。
「今の君ならできる」
その言葉に背を押され、私は自分の力を結界へ流し込んだ。
――チリッ。
火花が散るような音が響く。
「さすがだね。結界が乱れたよ」
急いでドアノブを回す。
すると今度は、あっさり扉が開いた。
「ありがとう、アイセル!」
アイセルは満足そうに微笑み、そのまま猫の姿へ変化して私の肩へ飛び乗った。
私はすぐに部屋を飛び出す。
夢中で廊下を駆け抜け、角を曲がろうとした瞬間――誰かとぶつかりそうになった。
「あっ!」
「ディアナ様!」
セロくんだった。
彼はすぐに私の身体を支え、倒れそうになるのを防いでくれる。
「ありがとうございます」
「いえ……ですが、どちらへ?」
私が体勢を立て直すと、セロくんが不安そうに尋ねた。
「テオ様を……説得してみようと思って」
「そうですか……ですが、今は得策ではないかと」
話によると、今のテオ様はかなり気が立っていて、とても冷静に話せる状態ではないらしい。
今向かっても、また言い争いになるだけ。
私は立ち尽くした。
(でも、この瞬間にもステラは――)
「ディアナ様は、聖女様を助けたいのですよね。なら、デビト様へ相談してみては?」
思わず顔を上げる。
「……止めないんですか?」
皆の前であんなことを言ったのだ。
アイセルは契約上逆らえないとしても、セロくんには止められると思っていた。
「ディアナ様が聖女様を大切に思っていることは、短い時間でもよくわかりました」
セロくんは柔らかく微笑む。
「僕は、ディアナ様の願いなら、なんでもお手伝いします」
胸がぎゅっと締めつけられるほど、その言葉は温かかった。
思えばあの場でも、セロくんとデビトさんは驚いてはいたが、強く止めようとはしていなかった。
「ありがとうございます……。デビトさんに相談します。今どこに?」
「ご案内します」
私たちは、デビトさんが普段研究に使っている書庫奥の部屋へ向かった。
「来ると思っていましたよ、ディアナ様」
部屋のテーブルには、先ほどの報告で使われていた器具がまだ並んでいた。
どうやら研究の続きをしていたらしい。
「デビトさん。ステラを助けたいんです。私を人間の国へ連れて行ってください」
デビトさんは私を手招きし、向かいの席へ座るよう促した。
アイセルとセロくんは、私の後ろへ控える。
「私個人の感情は置いておくとして……客観的に見れば、あなたの行動は無謀です」
「わかっています。でも、それでも放っておけません」
デビトさんは片眼鏡を押し上げた。
「あなたの覚悟は理解しました。……ですが、このまま行かせるわけにはいきません」
「テオ様の許可がないからですか?」
「それもあります。しかし今、人間の国で何が起きているのか不明な以上、あなたを無防備に送り込むのは危険すぎます」
彼は感情を交えず、淡々と事実だけを並べる。
だからこそ、こちらも冷静に考えられた。
「……どうすれば、連れて行ってくれますか?」
デビトさんは静かに口を開いた。
「まず、魔王様を説得しなさい」
そして――。
「こうお願いするのです」
続けて告げられた言葉に、私は思わず息を呑んだ。




