新たな聖女
《ステラ目線》
「勇者バルド・エルメス、戦士カイル、魔法使いライアン・ブルックス。お前たちを、元聖女兼皇女ステラ・ローランド様の誘拐および、許可なく壁を越えた罪で拘束する!」
兵士たちは全員、矛を私たちに向けて構えている。
まるで待ち構えていたように。
(どういうこと!?なんでこんなに兵士がいるの?まるで私たちが今帰ってくることがわかっているみたいじゃない!)
混乱している私の前に、バルドが一歩踏み出す。
「無断で壁を越えたことは甘んじて罰を受けよう。だが、なぜ僕たちがこの時間に帰還するとわかった?それになぜ、聖女ステラに武器を向ける?」
バルドは剣に手をかける。
「答え次第では――」
「罪人に与える返答はない!拘束しろ!」
この言葉を合図に、兵士たちは一気に押し寄せて、バルド、カイルさん、ライアンさんを囲った。
多くの兵士に逆らうのは得策ではないと思っているのか、カイルさんもライアンさんも抵抗する姿勢を見せない。
バルドも最初こそ警戒していたけど、すぐ両手を上げ、抵抗する意思がないことを示した。
――彼らは、最初からこの瞬間を覚悟していた。
(私のせい……私だけ、状況の深刻さを、わかっていなかったのだわ)
頭がもどかしさと罪悪感に苛まれていく。
その時、兵士たちの中から、団長らしき人物が近づいて来た。
「皇女殿下、国王がお呼びです」
彼は手を差し出した。
(お父様……そうだ、自分にできることをしないと)
私は一瞬、バルドの方に振り向き、目で合図をする。
(私が絶対、何とかするから!)
バルドと目線はあったけど、彼は何の反応も返してくれず、意図を察してくれたのかわからないまま、私は兵士たちに城まで送ってもらった。
案内されるがまま、私は謁見室に入った。
その先に、一ヵ月以上会わなかった、お父様の姿があった。
私はまず、一礼をする。
「お久しゅうございました、国王陛下」
「……お戯れは済んだか、ステラ」
お父様の声は相変わらず威厳に満ちて、思わず弱気になってしまう。
でも、ここで圧倒されてはいけない。
「……陛下、私がここに来たのは、他でもない、お願いがあるからです」
お父様から声を発する気配がない。
私は言葉を続ける。
「陛下、勇者バルド、戦士カイル、魔法使いライアンの解放を求めます!私たちは確かに壁を越えましたが、私は決して、誘拐されておりません!自分の意思で、壁を越えました。彼らはただ、私を守ってくれただけでございます」
壁を勝手に越えたのはたしかに罪だけど、罰は設けられていない。
壁の向こうに行って、帰って来た人は、1人もいないのだから。
つまり、彼らは今、皇女誘拐の罪で捕えられているはず。
「……言い分はそれだけか」
お父様はただ、冷たく言い放つ。
「はい……どうか、ご慈悲を」
頭から、冷や汗が滴る。
視線を地面に向けているのに、緊張でクラクラする。
やがて、お父様からため息が聞こえた。
「お前は自分のしてがしたことの大きさを、わかっていないようだな」
「えっ」
お父様の冷たい声が、謁見室を響き渡る。
「お前は聖女の役目を捨て、祈りをやめ、国を捨てたのだ」
「このことについて、反省いたします!しかし、祈りはあくまで儀式的なもの、しばらく中断しても――」
「本当にそう思うのか?」
恐る恐るお父様の顔を伺うと、彼は険しく、顔を顰めていた。
「お前が国から出た十日後、壁近くに住む国民の間に、流行病が蔓延った」
思わず、息を呑む。
「その病にかかった人々は、息が苦しくなり、体が徐々に重くなり、やがて一歩も動けないほど衰弱していくらしい」
(それって……ディアナから聞いた話と一緒――)
――瘴気に侵されている症状。
顔がざーと青白くなっていく。
体から、力が抜けていく。
「魔族の森の近くにいても、この国のものは健やかに暮らせている理由はわかったか……聖女の祈りが、結界に力を与えているんだ」
あ……
ここでようやく、自分の罪に気づいた。
「お前が祈りを止めたせいで、結界が弱まり、瘴気が国に入り込んで来たのだ」
私は口を震わせながらも、必死に言葉を紡ぐ。
「や、病にかかった人たちは……?今からでも、私が――」
責任を持って治療しますっと言葉を発する前に、お父様に遮られた。
「もう必要ない。国を第一に考えられないお前は、聖女に相応しくない」
お父様は冷たく、厳しく、私を見下ろす。
「ステラ、本来であれば、お前に重い処罰を下さねばならない。しかし、聖女だったお前を罰するのは、民がよく思わない。故にバルドらに代わりに背負わせた。お前はしばらく謹慎だ」
「し、しかし!私がいなければ、誰が祈りを――」
「お前の祈りはもう必要ない。お前はすでに、聖女ではない」
頭が真っ白になった。
(私は……聖女じゃ……ない?)
今まで頑張って、鍛錬に耐えてきて、それで――
「私が聖女じゃないのであれば……いったい誰か、聖女の役目を果たすのですか?」
「お前はすでに聖女ではない。この国にはすでに、新たな聖女が誕生している」
「はっ……?」
戸惑いが隠せなかった。
聖女は一度に1人だけ存在し、その1人が死ぬまで、新たな聖女が生まれることはない。
――そう、教えられて来たのに。
「新しい聖女って……なんで――」
その時、王座の後ろにある扉が開かれた。
「あ!やっと会えたー」
はちみつより甘く、鈴より澄んでいるその声と共に、1人の女性が現れた。
彼女は星のようにキラキラとした金色の髪を、波打つように靡かせ、空を彷彿とさせる水色の瞳を持っていた。
その柔らかく可愛らしい顔立ちは、同じ人間だと思えないほど、目を惹きつけられた。
その女性は階段から駆け降り、いきなり私の手を掴んだ。
「ずーっと会いたかったんだー。初めまして、私はアステリア!よろしくね、ステラちゃん♡」
彼女の眩しいくらい煌びやかな笑顔と反し、私は状況を飲み込めずにいた。
「えーと、彼女は……」
縋るようにお父様を見上げる。
「この方はアステリア……この国の新たな聖女だ」
その瞬間、今まで積み上げてきた何かが一気に崩れ、私の目の前は真っ黒になった。




