乗り越える覚悟
「本当にわからないのか?」
「本当にわからないさ。君だって、何百年前のことなんて、覚えていないのだろう」
今、私と魔族たちは食堂に集まっている。
テオ様は私の食事を見守りながら、アイセルを問い詰めていた。
というのも、昨日の一件で、アイセルが普通では知り得ない知識を持っていることを察し、メイリーが魔族になった理由についても情報を持っているかもしれないと踏んだのだろう。
だからアイセルに魔族の根源について聞いていたのだけど……
当の本人は覚えていないと一点張りだ。
「この際だ、貴様が持っているすべての情報を吐け」
「いきなり吐けって言われてもね。何をどこから話せばいいのかわかるはずないでしょう。それに僕の知っていることは、ほとんど言ったと思うよ」
アイセルのひょうひょうとした態度に、テオ様はますます苛立ちを募らせていた。
「では、ディアナ様の力についてだけでも説明していただけますか?なぜ、あなたはディアナ様の力を増幅させることができるのでしょうか」
テオ様が爆発する前に、デビトさんが話題を逸らしてくれた。
「白の魔族の力は、魔女と同じく月から直々に授かった力。根源が同じだから相性がいいだけさ」
しかしアイセルはその態度を崩さない。
「どうやって授かったのですか?」
「覚えていないね」
「では、他の魔女に会ったことは?」
「ないよ。少なくともディアナは、僕が初めて会った魔女さ」
「他の白の魔族なら、わかるでしょうか」
「さあね。でも今、白の魔族と呼べるのは僕だけだと思うよ」
アイセルの知らぬ存ぜぬを貫く態度に、キリがないと判断したのか、テオ様は深いため息をついた。
「……やはりあの人間に吐かせるしかないか」
テオ様が立ち上がろうとした時、私は彼の袖を軽く掴んだ。
「あの、テオ様。お願いがあります」
彼は柔らかい眼差しで、私の言葉を待つ。
「私を、メイリーに会わせてください」
思えば初めてメイリーと出会ったのは、ステラが聖女修行を始めた、7歳くらいの頃だった。
彼女はお父様から直々に任命された侍女で、最初は笑顔で普通に接してくれた。
初めて私を怖がらず、嫌わない人が現れて、嬉しかったし、お父様は私に関心を持ってくれたかもしれないと、淡い期待を抱いた。
違和感を感じたのは、すぐのことだった。
初めは食事だった。
メイリーが来るまで、食べ残しのものでなんとか耐え凌いでいたけど、彼女が来てから普通の食事がもらえるようになった。
しかしその食事には、砂や異物が混じっていたり、酷い苦味があったり、スープを飲むと強い吐き気に襲われたりした。
やがてその中にガラスの破片が入っていたこともあり、口の中を酷く怪我したこともあった。
次は寝具や椅子だった。
いつからか、ベッドや椅子の上に刃物の刃や針が撒かれるようになり、知らずに座ると酷い痛みに襲われた。
最初は見えるように置かれていたのに、徐々に隠すように仕込まれ、何度も傷つけられた。
その頃から、座る前に手で確認しないといけなくなり、力を抜くこともできなくなった。
最後は躾だった。
ステラとバルドは鍛錬の合間を縫って、私に会いに来てくれた。
聖女の前では下手なことができるわけもなく、その時だけは安らげる時間だった。
しかしそれが気に入らないのか、その後必ず、メイリーは鞭を持って部屋で待っていた。
『聖女たちと楽しくお茶会なんて、大したお身分ですね。国王陛下に知られたら、どんな罰を下されるのか。陛下に報告しない代わりに、私が罰を与えて差し上げましょう』
朝のように微笑みながら、皮肉を含んだ言葉とともに、鞭は何度も振り下ろされた。
その激痛に耐えられず、ステラたちの誘いを断ろうとしたけど、ステラの笑顔を曇らせたくなかった。
何より、あの時間は、私にとって心が死なないための命綱だった。
だから結局、私は黙って耐えることにした。
メイリーが私にしてきたことはすべて、私が忌子だからだと、仕方ないのだと、我慢していた。
(でも……あの時、確かに聞こえた)
『うるさいうるさいうるさい! 私は、そこにいる王族どもを――!!』
メイリーの憎しみは、私だけに向けられたものではなかった。
彼女の憎しみは、王族全体に向けられていた。
(知りたい……彼女の憎しみの理由を)
彼女という影から、解き放たれるために。
私のお願いに、テオ様は最初、渋い顔を見せたけど、彼がいてくれれば大丈夫だと力説すると、なんとか了承してくれた。
そして私は初めて、魔王城の地下にある牢獄に踏み入れた。
そこはとても小汚く、ジメジメした空気とカビた匂いに覆われていた。
普段は闘技会のために捕まえた人間を収容しているらしいが、終わったばかりだからか、他の人間は1人もいなかった。
メイリーが入れられているのは、一番奥の牢だ。
彼女は鎖で繋がれ、壁に吊るされている。
魔法を使えないようにしているのか、胸元にはナイフが刺されたままだった。
彼女の姿が視界に入っただけで、全身から血の気が引き、手先が冷たくなっていく。
そんな私の手を、テオ様が握ってくれた。
「おい、人間」
テオ様はメイリーを呼びかける。
彼女は微かに頭を上げ、格子を穿つような鋭い眼差しで、私たちを睨みつけた。
思わず体の震えを隠すように、テオ様の後ろに隠れる。
「……殺すならささっとして」
彼女は吐き捨てるように、言い放った。
でも、テオ様たちはそれに動じなかった。
テオ様は私の手を強く掴む。
その温もりが、勇気へと変わり、私は深呼吸して、一歩前に踏み出す。
「あなたに……聞きたいことがあるの」
「今さらあんたと話すことなんてない」
メイリーの悪態に耐え、私は彼女に問いかける。
「どうして、私にあんなことをしていたの?どうして王族が憎いの?」
「……」
彼女は、すぐ答えてくれなかった。
数秒の沈黙が続き、やがて笑い声が聞こえてきた。
「ふっははは」
メイリーは体を揺らし、光の宿らないその瞳で、私を捉える。
「教えてなんになるの?教えてあげたら、私を生かしてくれるのかしら。お人好しですね、ディアナ様」
彼女の態度から、嘲笑、嫌悪、軽蔑、様々な悪感情が見え隠れしていた。
「あなたは……私が忌子だから、嫌って、あんなことをしたと、思っていた。でも、違った。あなたは、王族全体を憎んでいた。そのせいでステラも傷ついてしまった」
震える声を必死に抑え、私は少しずつ、言葉を綴った。
「あの子は、傷つく必要がなかった。なのに傷つけられた。私は、その理由を知りたい……ちゃんと、あなたを憎みたい」
憎しみ――心の奥にしまっていた、私ごときが持つべきではなかった感情。
でもテオ様たちに優しくされ、大切にされるようになった今、私は、ちゃんと憎む権利を持っているのだと、そしてそれを向ける相手は、目の前にいる彼女だと、私は悟った。
体の震えが止まらない。彼女からの言葉が怖い。今にでも、ここから逃げ出したい。
でも、私はステラのために、何より過去の自分のために、彼女の答えを知らなければならない。
私の言葉を聞き、メイリーの顔を酷く歪んだ。
「傷つけられるべきではない……ですって……いいでしょう、教えて差し上げましょう。あなたたちの、王族全体の、隠された罪を」




