深まる謎
頭が何度も優しく撫でられ、体が心地いい温もりに包まれている。
あまりの心地良さに、思わず甘えてしまいたくなるけど、私はなんとか意識を保ち、目を開ける。
「……起きたか」
きれいな赤色の瞳が間近で私を見つめている。
普段なら気恥ずかしいと感じてしまうけど、今はとても安心する。
「もう平気か?」
「ええ……今の時間は?」
あたりが暗くなっていることから、もう遅い時間になっていると察する。
「もう夜だ」
意識をはっきりさせつつ、今までのことを思い出そうと、頭を働かせる。
「そうだ……メイリーは?今どうなっていますか?」
緊張しつつ、どんな返答でも取り乱さないよう、テオ様の服を掴む。
「あの人間なら捕まえた。牢にぶち込んでいるはずだ」
「そうですか……申し訳ありません、お手を煩わせました。テオ様、闘技会にいなければならないのに」
「心配ない、デビトに任せている」
(……デビトさん、申し訳ありません)
私のせいで仕事を押し付けられたデビトさんに、心の中で謝っておく。
「お前はもう休め、他のことは俺が――」
「いえ……メイリーに関しては、私が当事者ですので、彼女のことについて私も知っておきたいです」
メイリーのことは未だに恐ろしくて仕方ないけど、このまま目を逸らしてはいられない……いつまでもビクビクして、テオ様たちに守ってもらうばかりじゃいられない。
「……わかった」
テオ様は私を抱えたまま立ち上がり、地面に魔法陣が現れた。
次の瞬間、私たちは長いテーブルが置かれた会議室に移動し、そこには、私たち以外の全員がすでに集まっていた。
「ディアナ、大丈夫?!」
ステラは真っ先に私に駆け寄った。
「ええ、心配かけてごめんなさい」
テオ様は私を椅子に乗せ、彼も隣に座った。
全員が着席したのを見て、テオ様はこの場を仕切るように、低く威厳に満ちた声で言った。
「――ディアナに傷をつけたあの人間の女が捕まった。セロ、当時の状況を報告しろ」
一番遠い端の席に座っていたセロくんは立ち上がった。
「当時、僕はディアナ様と聖女と作業室にいたのですが、ディアナ様が数分間だけ退室しました。そしてディアナ様が再び入室しようとした時、背後から強い魔力の波動と悪意を感じ、僕はすぐ警戒態勢に入りました」
私が1人で退室したと聞き、テオ様は一瞬ビクッとなったが、静かにセロくんの話を聞き続けた。
「あの人間は……人間だったものは、魔法を使い、身を隠し、魔法陣なしに攻撃魔法を使用しました。僕の魔力の弱さを感じ取って油断したのか、すぐに姿を現しました」
全員がどよめき始めた。魔法陣なしで魔法を発動できること、そして魔力の強さを感じ取れることは、魔族にしかできないはずだからだ。
「魔王様、あの者はすでに人間ではありません。魔力に不安定さはありますが、紛れもなく魔族に変化しています」
セロは無表情のまま、淡々と述べた。
「……デビト、どう考える?」
全員の視線がデビトに集中する。
「……残念ながら、私にもわかりません。状況から推測するに、あの人間は混乱に乗じて魔王城から逃げ出し、瘴気の森に長く滞在したはずです。それなのに命を落とすことなく、魔族に変化するなど……」
ステラは控えめに手を挙げた。
「思ったのだけど、メイリーはライアンさんが開発した浄化装置を持っていたから、しばらくは大丈夫だったはず」
それを補足するように、ライアンも口を開いた。
「彼女が持っていたのは改良前の旧型です。来る途中の状況から考えても、魔力耐性の低い彼女では、魔力補充なしで数時間が限界でしょう」
空間に沈黙が落ちる。
誰も、この前代未聞の現象の手がかりを持っていなかった。
「そもそもなんで人間が魔族になったんだ?そんなことありえないだろう」
レオードは頭を掻きながら唸った。
「魔力耐性がなかった彼女が魔法を使えることも不可解だ。耐性のない人間が許容量以上の魔力を吸収すると、負担に耐えきれず、体に損傷をきたすはずだが」
「あっ……」
バルドの言葉に、ステラが小さく声を漏らす。
「人間の聖女、何か言いたげだな」
「そうだ、聖女さん。あの侍女のことで、ずっと俺たちに隠していることがあるだろう」
ステラは一瞬動揺したが、それでも首を横に振った。
「ううん!隠していることなんて、ないよ!」
疑いの視線がステラに向けられる。
(ステラは、簡単に言えない秘密を抱えているのかもしれない)
助けようと口を開く。
「ステラ――」
「確かあの時、貴様は鏡であの人間を脅していたな」
しかし私の声はテオ様に遮られた。
ステラの顔色が青白くなっていく。
「あの幻覚の中で、鏡を脅しの道具にした。それはなぜだ」
逃げられないと悟ったのか、ステラは覚悟を決めたように胸元で手を組んだ。
「メイリーは……王族に隠された、特別に訓練された隠密部隊。その名は『コウモリ』」
思わず息を呑む。私には初耳だった。
「『コウモリ』は偵察任務や隠密行動に特化した部隊で、そのメンバーは幼い頃から厳しく育てられると、お父様から聞いたわ」
「それで?あの鏡とどう関係している」
テオ様は急かすように問い詰める。
「……『コウモリ』の裏切りを防ぐため、代々国王は、彼らの『命』を預かるの。私は、あの鏡がそうだと思って……」
「命を、預ける?どういうことですか?」
バルドは理解できないと言わんばかりに、大きな声を発した。
「お父様の話によると、『コウモリ』になるべくして育てられた子供たちは、王族と魔法契約を結び、その命を物に移すの。命が物に宿った子供は、普通の人間より少し頑丈になる代わりに、宿り先となった物が壊れたら命を失う……多分、そのおかげで、メイリーは魔力を吸収しても平気だったと思う」
ステラの話に対し、人間どころか魔族たちも険しい表情を浮かべた。
「命を物に宿す……?聞いたことのない魔法ですが、デビトはご存じですか?」
「いいえ。長い間魔法を極めてきましたが、そのような魔法は聞いたことがありません」
魔法について最も詳しいはずの2人でさえ、頭を抱えた。
そこで私は、ふと思った。
「アイセル、あなたはその魔法について、何か知っている?」
今まで会議に参加せず、私から距離をとって立っていたアイセルは、恐る恐るこちらに近づいた。
「……もう、近づいていい?」
彼はとても寂しそうな表情をしていた。
(そうだ、あの時、私は取り乱して――)
「さっきは酷いことを言ってごめんなさい。もう近づいていいし、触れてもいいわ」
彼はぱっと笑顔を浮かべ、私の隣で跪き、そっと手を取った。
「命を物に宿す魔法だけど、あれは多分、神が使う“魂を分割する魔法”だ。神は自分の力を生物に分け与える時、自分の魂を削るんだ。多分その応用で、人間の魂を削って物に与えたのだろう。しかし魂の回復が可能な神と違って、人間の魂は弱く、回復もできない。少しでも削られたら致命的だ。だから丸ごと物に移したのだろう」
(やっぱり、知っていたのね)
アイセルはデビトさんほど博識ではないけど、通常じゃ知り得ない情報を持っている節がある。
だから心当たりがあると思った。
これで一つの推測が立てられた。
メイリーは魂が物に移されたことで、瘴気の森に長時間いても、魔力を吸収しても死ななかった。
だが、なぜ彼女が魔族になったのかはまだわからない。
謎は深まるばかりだ。
ステラたちが滞在している間に、メイリーから情報を引き出し、共にこの謎を究明する――そう結論づけ、私たちはこの場を後にした。




