SS ステラの悩み
勘のよい方はお察しかもですが、『犬派?猫派』で、セロがディアナを呼び出したのは、宝石を見せるためです。
この日は珍しく、テオがディアナを書庫に誘った。
ディアナは前から読みかけの本を読み進み、テオも迷わず一冊の本を手に持ち、ディアナの隣に座り読み始めた。
テオはデビトほど読書家ではないが、暇つぶしに読むことはある。今日も気まぐれで読みたくなったのだろう。
しばらく、2人はゆったりとした時間を過ごしていた。
テオが意味不明な質問を口に出すまでは。
「ディアナ」
「何でしょうか?」
「人間はなぜ、口と口を重ねる?」
「〜〜〜!!??」
ディアナは突然投げられた質問に酷く動揺し、思わず本を落とすところだった。
「テ、テオ様……なぜ、そんな質問を……」
「この書物に、"男は女に口を這わせ、口付けをする"と書いてあった」
テオから見せられた本の一文では、『男は愛しい彼女の頬を持ち上げ、その小さな唇を自分の口で這わせ、口付けをした。徐々に口付けは深まり、男と女はお互いの服に手をかけ――』
「な、な、なんでこのような本を〜〜」
ディアナは赤くなった頬を手で隠す。
(これは……官能小説というものなのよね。なんで魔王城にあるの?!)
「人間の聖女が言った恋人というのを知りたいとデビトに言ったら、勧められた」
まさかのデビトからのおすすめだった。書庫にある本は全部デビトが取り寄せていたから、この官能小説も彼のチョイスなんだろう。
(デビトさん、なんで本を〜〜)
なお、本人の名誉を守るために弁明しておくと、デビトは無類な本好きのため、どんな本も取り寄せている。決して官能小説が好きなわけではない。あくまでついでに取り寄せただけである。
「なぜ人間は他人と口を重ねる?」
ディアナの動揺に気づいていないのか、テオは質問を繰り返す。
「えっと……その……これは……」
(なんとお答えすれば……!)
「た、たぶん、好きな人に、好きの気持ちを伝えるため……かしら」
ディアナは一生懸命答えを絞り出した。
「気色悪くないか?」
「えっと、好きな方になら、それも許せる……かもしれないです」
「そうか」
テオは本を隣に置き、ディアナの体に手を回し、懐に引き寄せた。
そしてディアナの頬を持ち上げ、顔を近づける。
「テ、テオ様!?何を――」
「書物の内容を検証している。大人しくしていろ」
息を感じる距離まで近づき、恥ずかしさのあまりディアナは思わず瞼を硬く閉じてしまう。
(待って待って、心の準備が――)
「ディアナ!ここにいる――」
この時、書庫の扉が開かれ、ステラの不自然に途切れた声が聞こえた。
テオの顔が離れた気配を感じ、ディアナは恐る恐る目を開く。そしたら、テオは扉の方を睨んでいた。
「何の用だ、人間の聖女」
「な……な……ディアナに何をしているの!!!」
ステラはすぐディアナのそばに駆け寄り、その腕に手を絡ませ、テオから引き剥がそうとした。
「貴様に関係ないだろう」
もう片方の腕を、テオはがっつり掴む。
「いいえ、ディアナに不埒な真似をしようとするのを見過ごすわけにはいきません!」
テオはステラとパチパチ睨み合っていた。
それに挟まれているディアナは、必死に激しい動悸を整えようとした。
(ステラが来てくれてよかった!)
ディアナは心臓がドキドキしすぎて、今にも爆発しそうだった。
「もう我慢できない、今日こそあなたたち魔族に距離感というものを――!」
「貴様の話になど興味はない、引っ込んでいろ!」
「なんですて!!ええ、お望み通り引っ込んでやるわ、ディアナも連れて――」
「ステラ!」
頭上で口喧嘩を始めたテオとステラを止めるべく、ディアナは大声を出した。
「ステラ、私に用事があるのよね!」
「え?ええ、そうだけど――」
「そうだよね!ここじゃ話づらいし、場所移そう」
「え?ディアナ?!」
ディアナはステラの背中を押し、書庫から出ようとした。
「おい、ディアナ!」
「ごめんなさい、テオ様。用事が済みましたら、戻りますので、ここで待っててください!」
(今、テオ様と2人きりになるのは心臓に悪い!!!)
そうして、ディアナはテオを置いて、書庫から離れた。
書庫から距離を置き、ディアナは小さく胸を撫で下ろした。
「ディアナ、大丈夫?あの変態魔王におかしいことされてない?」
「へんっ!?だ、大丈夫だよ。それよりどうしたの?」
ディアナはすぐ気を取り直し、ステラを見た。
ステラは、どこか悩んでいる様子だった。
「……どうしたの?」
「その……ディアナはここにいて、楽しいかなって、気になって」
「ここって、魔王城のこと?楽しいよ。みんなよくしてくれるから」
「そう……だよね」
ディアナの答えを聞いても、ステラはどこか腑に落ちないようだった。
(なんか悩んでいる?私のことで、まだ心配しているのかな)
ディアナはステラの手を繋いだ。
「ステラ、私のお気に入りの場所、案内するね」
「え?ちょっと、ディアナ、どこに行くの?」
ディアナはステラを引っ張った。
そして1つの部屋に辿りつき、ディアナは扉を控えめに叩く。
中から、セロが出てきた。
「ディアナ様、いらしたのですね」
セロは嬉しそうに顔を綻ばせ、ディアナたちを招き入れた。
ディアナは椅子にステラを座らせ、様々な宝石や装飾品が入った箱をテーブルに置いた。
「あのね、ここにいるセロくんはとても器用なの。絵も上手だし、服やアクセサリーも作れるの。私は今、セロくんにいろいろ学んでいるの」
「恐縮です。ディアナ様のお作りになった作品も、とても素敵です」
セロは褒められたことが気恥ずかしいらしく、手で長い前髪を掴み、顔を隠そうとする。
「今はアクセサリー作りに挑戦しているの。このブレスレットだけど」
ディアナはブレスレットを一本取り出した。それは、純白の真珠を繋げた、シンプルなものだった。
「最近、デビト様が視察する際に、珍しく純度の高い鉱物を見つけたので、これで魔道具を作ろうと渡してくれたものです」
セロは様々な道具を、テーブルに並べた。それを、ステラは呆然と眺めていた。
ディアナは鉱物のなかから、小さなピンクダイヤモンドとムーンストーンを取り出した。
「ステラ、一緒にやってみない?このダイヤモンド、ステラの瞳と似た色をしているから、似合うと思うの」
「……きれい」
ステラはダイヤモンドを受け取り、それをじっくり眺めた。
その間に、ディアナは付け合わせの装飾を選んでいた。
「セロくん、これとこれを繋ぎ合わせるのはどうですか?」
「いいですね、金具はこれにして――」
(ディアナ、楽しそう)
ディアナとセロが話し合っている光景を見て、ステラは思わず思った。
(ディアナと一番距離が近いのは、間違いなくあの魔王だけど。一番心を許せているのは、このセロという魔族なのかもしれない)
ステラの奥に燻るモヤモヤが、浮かび上がる。
(悔しいな……魔族たちと話しているディアナは、城で私と一緒にいる時より、活き活きしている)
この魔王城で過ごした短い時間の中、ステラはディアナのいろんな表情を見た。
楽しそうに笑う顔、恥ずかしさで赤く染まる顔、少し不機嫌になって、膨れた顔。
どれも城にいると見られなかった表情だ。
(それじゃ、一緒に帰ろうなんで、言えないな)
頭の中でやっと結論を出すことが出来、ステラはいつもの笑顔を浮かべた。
「ねえ、気になっていたけど、セロくん?って魔族っぽくないよね。他の魔族は自己中心で、好き勝手にしているのに」
セロはディアナと話す時より、やや引き締まった表情で淡々と答えた。
「僕は魔族の中でも弱い方なので、魔族としての本能も弱いです」
ステラはダイヤモンドや石をいじりながら、納得していないかのように口を尖らせた。
「それでも魔族なんでしょう?魔力に関係なく、“いじめたい”とか“痛めつけたい”とか、思わないの?」
「それは……そういう衝動に駆られたことはありませんでした」
セロも指摘され、少し困惑した様子だった。
確かに、魔族にとって、嗜虐心は本能のようなもののはずた。
人間の中に少食の人間や大食の人はいても、食事しないで生きられる人間はいないように、魔族が持つ暴力衝動は少なからず存在しているはずだ。
なのに、セロは嗜虐心をほぼ持たず、人間のように生活している。
人間と違うところがあるとすれば、身体能力が非常に高いところだけ――
(そう考えると、確かにおかしいわね)
ディアナは少し考えてみるも、すぐ答えが見つかるわけもなく、諦めて目の前の作業に集中することにした。
3人は時間を忘れるくらい、和気あいあいとブレスレット作りに勤しんだ。
なお、ディアナに完全に忘れ去られていたテオが後に盛大に拗ねて見せたのは言うまでもない……




