SS ご機嫌取り大作戦
執務室の椅子に腰掛けたまま、テオは険しい表情で両手を机の上に組んでいた。
「デビト」
「どうなさいましたか?」
ソファに座り、本を読んでいたデビトが顔も上げずに答える。
テオは重々しく口を開いた。
「どうしたら、ディアナの機嫌が直る?」
「わかりません」
あまりにも即答だった。
テオのこめかみに青筋が浮かぶ。
先日、諸事情により一日中魔王城を空けていたテオは、帰城して真っ先にディアナのもとへ向かった。
――だが、なぜか彼女は口をきいてくれなかった。
理由を探るため、後にディアナにつきまとっていたアイセルを問い詰めたところ、どうやら彼の失言が原因で、なぜか自分にまで飛び火したらしい。
それ以来、この数日。
世話を焼こうとしても、話しかけようとしても、ことごとく避けられる。
つい先ほども、ディアナは「聖女のところへ行ってきます」とだけ言い残し、テオを置いて行ってしまった。
そのせいで、アイセルもテオも、深刻なディアナ不足に陥っていた。
「……あのアホ猫。いつか絞めてやる」
低く呟き、テオは立ち上がる。
「どこへ行かれるのですか?」
「情報収集だ」
その一言を残し、執務室を後にした。
テオが向かった先は、セロの作業室だった。
扉を開けると、なぜか絵を描いているセロの隣に、レオードまでいる。
「魔王様! どうなさいましたか」
セロは慌てて筆を置き、姿勢を正した。
テオは部屋の隅で縮こまっているレオードを一瞥し、すぐにセロへ視線を戻す。
「ディアナの機嫌を取りたい。方法を考えろ」
突然の無茶振りに、セロとレオードは揃って目を丸くした。
「えっと……最近ディアナ様が魔王様を避けている件と関係が……?」
「そうだ。どうにかしろ」
威圧がじわりと部屋に広がる。
セロとレオードは顔を見合わせた。
「……失礼ですが、この状況になった原因は何でしょうか?」
「あのアホ猫のせいだ」
「じゃあ、そいつに何とかしてもらったほうが良くないか?」
レオードが恐る恐る提案する。
テオはしばし考え込み、やがて頷いた。
「犬。あの猫の居場所を案内しろ」
「お、おう」
レオードが匂いを辿った先は庭だった。
木の上では、猫の姿のアイセルがふてくされたように丸くなって寝ている。
「おい、アホ猫。降りてこい」
アイセルは尻尾をゆらりと揺らし、完全に無視した。
テオの威圧が一気に増す。
背後のセロとレオードが震え上がるほどの圧だった。
次の瞬間。
テオが手をかざすと、黒い霧が伸びて蔦のように絡みつき、アイセルを木の上から引きずり下ろした。
「にゃっ!」
地面に落ちたアイセルは悲鳴を上げ、すぐに人型へと変わる。
「ねえ、乱暴はやめてもらっていいかな。見ての通り僕は繊細なんだ」
嫌味たっぷりの言葉を、テオは完全に無視した。
「貴様のせいでディアナの機嫌が悪い。何とかしろ」
「何とかって……僕も無視されているのだけど」
「知らん。もとはと言えば貴様が提案したことだ」
「君も賛成してたじゃないか」
二人の口喧嘩が始まる。
見かねたセロが恐る恐る口を挟んだ。
「あの……人間たちの意見を聞いてみてはいかがでしょうか」
ぴたり、と空気が止まった。
「人間の意見……だと?」
「はい。ディアナ様も人間ですし、同じ人間なら良い対策があるかもしれません」
数秒の沈黙。
次の瞬間、テオとアイセルは同時に城内へ向かって早足で歩き出した。
セロとレオードも慌てて後を追う。
バタン!
勢いよく扉が開いた。
カイルたちの部屋にいたカイル、ライアン、バルドの三人は一斉に肩を跳ねさせる。
「人間」
テオが低い声で呼びかける。
「魔族はノックすることもできないのか」
バルドが鋭い視線を向ける。
だが、テオはまったく動じない。
「ディアナの機嫌を取る方法を教えろ」
三人は揃ってぽかんと口を開けた。
しばし沈黙。
最初に口を開いたのはライアンだった。
「……もしかして、先日の件ですか?」
「そうだ」
事情を聞いたカイルは苦笑する。
「そりゃ怒るだろ。相当ひどい話だったからな」
ライアンも真面目な顔で頷く。
「親しい人が自分の傷つけられる光景を見させられ、あまつさえそれがきっかけでその人が傷つけられたから、人間なら、誰でも怒りを覚えると思います」
その言葉に、テオの表情がさらに険しくなった。
「……では、術はないのか」
「ないことはない」
カイルがにやりと笑う。
「ここは、人間の仲直りの流儀を伝授してやるよ」
一方その頃。
ディアナとステラは食堂でケーキと紅茶を楽しんでいた。
「このイチゴタルト、美味しい!」
「ありがとう。厨房の魔族たちに教わったの」
和やかな空気の中、扉がノックされる。
「ディアナ様、お時間よろしいでしょうか」
そこには、どこか緊張した様子のセロが立っていた。
セロに呼ばれ、ディアナとステラは彼について行った。
案内された先は、カイルたちの部屋。
扉を開けた先で待っていたのは、テオとアイセルだった。
ディアナとステラが目を丸くする中、二人はぎこちなく前に出る。
テオはステラに向かって手を組んだ。
「前の件は……すまなかった」
アイセルも視線を逸らしながら口を開く。
「僕も……ごめんなさい」
ステラは完全に固まった。
「えっ? あ、えっ……?」
カイルはからかうように茶々を入れる。
「どうだ、聖女さん。こいつらを許せるか」
「えっ、えっと、はい」
ステラは呆然と頷いた。
室内の空気が張り詰める。
そして、ディアナが静かに一歩前へ出た。
「テオ様、アイセル」
二人を見上げ、優しく微笑む。
「よく……頑張りましたね」
その笑顔を見た瞬間、テオとアイセルの表情が一気に緩んだ。
ディアナは知っている。
魔族にとって、過ちを認めて謝罪することが、どれほど大きな意味を持つのかを。
たとえ不器用でも、それは確かな歩み寄りだった。
「もう話しかけてもいいよね?」
アイセルがすぐに擦り寄る。
「ええ。でも、もう同じことはしないでね」
「しないよ。ディアナの大切な人には」
その言葉にディアナが微笑んだ、次の瞬間。
ふわり、と体が浮いた。
「テオ様!?」
いつの間にか、テオに抱き上げられていた。
「……もういいだろう。この数日の埋め合わせをしてもらうぞ」
そう言い残し、テオはそのままディアナを連れ去っていく。
呆気に取られる勇者一行と、すっかり見慣れた様子の魔族たちだけが、その場に残された。
この後、ディアナの身に何か起きたのかは……ご想像にお任せします(ニヤリ)




