SS アイセルの罰
今、ディアナは大きな悩みに直面している。
「ディアナ、僕に何してもらいたい?何でも喜んでするよ~」
きれいな姿勢で自室のソファに座っているディアナに対し、アイセルは恭しく跪きながら、うっとりした目でディアナを見上げている。
「……」
(どう接すればいいのでしょう)
そう。罰としてアイセルと使い魔契約を結んだはずが、当の本人はそれ以上ないくらい、喜んでいる。
それでは罰にならず、むしろ誘拐されたことでアイセルに不信感を抱いているディアナのほうが、罰されているような気分になってしまう。
かと言って、ディアナからむちゃぶりを振られても、アイセルは喜んで従う。そもそも今まであまり他人と接してこなかったディアナに、嫌がらせやむちゃぶりの振り方がわかるわけないのだ。
(まあ……連れ出されたことについて、そんなに怒っているわけではないし、契約した以上同じことは起きないでしょうし、無理に罰を与えなくてもいいのかしら)
テオ様たちに知られたら甘いって言われそうだけど、アイセルには魔女の力についてもいろいろ教えてもっらたからと、ディアナは考えることを諦めたのである。
「ステラたちのところに行くわ。ついてきてくれる?」
「ああ、喜んでお供しよう」
アイセルは意気揚々とディアナの後ろについていき、勇者たちに振り分けられた一室に辿り着いた。
本日の過保護魔王は諸事情により不在であるため、ディアナはこの時間を使って、勇者パーティーの看病を行う所存である。
「ステラ、いる?ディアナよ」
部屋の中からドタバタと足音が響いた。
すぐに、部屋のドアが開けられた。
「ディアナ!待ってたよ」
ステラは目を輝かせながら、ディアナを迎えた。
しかし……その後ろに立つアイセルの姿を見て、一瞬体が固まった。
「どうしたの?ステラ」
「えっ、ううん!何でもない」
ステラはすぐ表情を戻し、ディアナたちを迎え入れる。
部屋の中にはベッドが二つ並べられていて、それぞれカイルとライアンが使っている。
本当は1人一室使えるくらい、魔王城には空き部屋で溢れているけれど、怪我人の世話をしやすいようにデビトが“ディアナ”に配慮したのである。
なお、勇者バルドも負けず劣らず傷だらけだったものの、勇者パワーで翌日にはかなり回復しているのである。
「体調はいかがですか?カイルさん、ライアンさん」
ディアナは上半身だけ起こして、ベッドに座っている2人を観察する。
「まだあちこちが痛い。ここの魔族って、本当に容赦ねえんだな」
上半身をはたげながら、体中が包帯に巻かれていたカイルは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。
「僕もまた傷が痛みますね。これでは碌に魔法を使えません」
奥のベッドで休んでいるライアンは、頭や手に包帯が巻かれ、服の下にも何箇所手当がされていた。
ディアナは手に持っていた救急道具をテーブルの上で広げる。
「包帯を変えますね」
「ディアナ!私も手伝うよ」
ディアナは手際よくカイルの包帯を解き、消毒し、新たな包帯を巻いていく。
片方でステラは聖女の力を使って、ライアンの傷を癒そうとした。
「あ、あれ?」
「どうしたの?ステラ」
「なんか力が上手く出せない」
ステラの手から微かな光が放たれたものの、あまり効果があるようには見えなかった。
「ステラも回復しきっていないじゃないかしら。無理しないで私に任せて」
「う、うん……」
ステラは子犬のようにしゅんと、頭を垂れた。
「皇女さん、戦場にいる医者と変わらんくらい手当がうまいな」
カイルはディアナの手際の良さに、思わず感心してしまう。
「ディアナとお呼びください。今の私は王族の人間ではないですから」
カイルの処置を終えたディアナは、ライアンの手当を始めた。
「城にいた頃、怪我を手当してくれる方がいませんでしたから、自分でするしかなかったのです」
その言葉に、部屋中はシーンとなってしまった。
部屋の壁際に立っているステラが、泣きそうになっているのを、ディアナは気づかなかった。
その沈黙を破ったのは、ライアンだった。
「それはそうと、ディアナ様の魔族を鎮める力もとても興味深い。その効果は触れることで起きるのでしょうか?魔王の魔力を抑えた時、どうやって力を使ったのでしょうか?人間に対して効果はないでしょうか?」
話題を逸らそうという意図もあったかもしれないが、ライアンはこの機を乗じて、魔族のあれこれを聞く気である。
それをディアナは嫌がることなく、気長に一つずつ答えていく。
「デビトさんの話によると、触れていなくとも、ある程度近くにいれば、落ち着くようです。あの時は祈りながら力を流すイメージで……人間に使えるかどうかは――」
ディアナはドア際にいるアイセルに目線をやった。
「アイセル、人間に使えるかどうか知っている?」
やっと呼ばれたアイセルは、キラキラとした笑顔を浮かべた。
「恐らく効果はないかと。魔女の力はあくまで魔族に対するものなので」
「なるほど、興味深い!是非そのメカニズムを――」
「手当が終わりました。引き続き安静にしていてください」
ライアンのマシンガントークを遮り、ディアナは手当を終え、救急箱を片付け始めた。
「そういえば聖女さん、なんでそんな隅っこにいるんだ?もっとこっちに来てもいいんだぜ」
カイルは隅っこで立っていたステラに声をかけた。
呼ばれたステラはビクッと体が強張った。
「いえ、私は……」
ステラは反射的にアイセルの方を覗く。
「ん?あの魔族が気になるのか?」
「そんなことは……ないよ」
言いよどむステラを見て、ディアナは厳しい表情でアイセルを見た。
「アイセル、ステラに何かしたの?」
「人間の聖女に?んー」
アイセルは手を顎に当てながら、しばらく考え込んだ。
「僕が何かをしたわけではないけど……もしかして幻覚を見せたことを気にしているのかな」
「幻覚?何を見せたの?」
ディアナはさらにアイセルに迫る。
「あの時、魔王と一緒にディアナの過去を知ろうという話になってね――」
アイセルはステラとメイリーに幻覚を見せたことと、その時に起こったことを正直に全てを打ち明けた。
聞いているディアナの表情は、みるみる厳しくなっていった。
最終的には一周回って無表情となった。
「私が寝ている間に、そんなことが起きていたのね……」
「ディアナ?私は大丈夫なのよ、気にしないで」
ディアナは振り返り、ステラに抱き着いた。
「ごめんね、ステラ。私が眠っていたばかりに」
「いいの!傷つけられたのは、ディアナじゃなくて良かったから」
2人がしばらく抱き合っていた。
そこでアイセルが不機嫌そうに割り込もうとした。
「ねえ、ディアナ。そろそろ帰ろう。もう用は済んだでしょう」
ディアナはステラから手を放した。しかしアイセルへ向ける視線は冷たかった。
「アイセル、しばらくあなたと口を聞きたくないわ」
「えっ」
「反省するまで、私に話しかけないで」
アイセルの胸元に刻まれた契約印が光り、アイセルの口は無理矢理閉じられた。
「それじゃあ、私は失礼するわね。何かあったら呼んで」
ディアナはアイセルに目をくれることなく、部屋から離れた。
アイセルは声を出すことが出来ず、青ざめた顔でディアナを追いかけていった。
その日から、アイセルはどんなことをしても、ディアナはうんともすんとも反応しなかった。
そのことで、アイセルは寂しく感じながら、何とかディアナの機嫌を取ろうとする日々が続いた。
アイセルが全てを打ち明けたことによって、ディアナの怒りはしっかりテオ様に飛び火した。
「ディアナ、戻ってきたぞ」
「……」(ぶい)
「ん?どうした?」
「……」(ぶい)
「???」
▶ディアナは「無視」を覚えました。
▶ディアナ大好き魔族たちには効果抜群でした。




