一時休戦
「――離れてください、ディアナ様」
バルドは鋭い眼差しでテオ様を睨みつけながら、剣先をテオ様に向けている。
思わず息を飲んでしまう。
(バルドのこんな怖い表情、初めて見るわ)
緊張でテオ様の胸元に当てている手をぎゅっと握り締めると、それに応えるようにテオ様も、私の背中に回した手に力を込めた。
「続きをしたいというのか、人間の勇者」
「仲間を傷つけた魔族を、見過ごすわけにはいかない」
バルドの言葉を聞き、私は今いる空間を見回す。
扉の隣にレオードさん、デビトさんとセロくんが見物しながらこちらを眺めている。
その足元に傷だらけの男性が2人いる。
意識こそあるものの、痛みで体を起こすことができず、悶えている様子だった。
そして反対側では、ステラが心配そうにこちらを見ている。
倒れている男性たちほどではないけど、彼女にも所々、打撲の跡がある。
「これは……テオ様たちがやったのですか?」
その痛々しい状況から目を逸らしたく、私はテオ様に目を向ける。
「俺はただ、侵入者を捕らえただけだ」
さも当然のように、テオ様は言い放った。
「じゃ、なぜ必要以上に傷つけた!お前たちの実力なら、無傷で捕えることもできただろう!」
テオ様の言葉に納得できなかったのか、バルドは怒鳴りつけた。
「なぜ無傷で捕らえる必要がある。殺さずに捕らえただけ、ありがたく思え」
「っ!もういい!無意味に人間をいたぶる魔族は全員滅ぼすべきだ!」
バルドは剣を構えた。
「立て魔王!今度こそお前を――」
「やめてください!バルド」
私は立ち上がり、テオ様を庇うように手を広げた。
「なぜですか、ディアナ様!?あなたも長らく魔族の元で酷い目に――」
「あっていないわ!」
バルドの言葉を遮り、私は言い放った。
「テオ様も、魔族のみんなも、私によくしてくれた!だからバルドがどうしても彼らの存在を許せないというなら……私が相手になります!」
私の言葉に、この場の全員が息を飲んだ。
「な、何を言いますか、ディアナ様!僕にあなたを傷つけるなど……」
バルドは酷く狼狽えた。
それを見て、私は畳み掛けるように交渉した。
「そちらの殿方とステラは私が責任を持って、完治するまで面倒を見るわ。だから、私に免じて、剣を下ろしてくれる?」
バルドが剣に込める力が弱まっていく。
それでも、彼はそれを放さない。
「ぼ、くは……」
ここで私たちの会話に、ステラが割り込んだ。
「バルド、ここは一時休戦しよう。魔王を倒せても、私たちに勝ち目はないわ」
ステラは一瞬、扉のそばで控えているデビトさんたちを見やる。
「しかし……ステラ様も酷い目に遭われたではありませんか」
「違うの!これは魔族たちにつけられた傷じゃないの」
ステラの言葉に、バルドも私も驚きを隠せない。
「では誰か!?」
ステラは謁見室のあちこちを見回す。
「これは……メイリーにつけられた傷なの」
「メイリーが!?」
バルドも一緒になってこの部屋を見回す。
(メイ、リー……?)
その名前を聞いた瞬間、全身が本能的に震え出した。
蓋をした過去の記憶が、溢れ出す。
『ほーら、ディアナ様〜食事の時間ですよ』
嘲笑うような表情で差し出された、ガラスの破片が散りばめられた食事。
『寝室の準備ができましたよ〜』
強引に座らされ、寝かされた、小石が撒かれたベッド。
『随分楽しかったですね〜ディアナ様。わかってますか?自分の立場』
ステラたちと楽しくお茶会をした後、必ず行われる、鞭で打たれる時間。
「あ……いや……」
記憶に呑まれ、目の前まで真っ暗に染まっていく。
「ディアナ様?どうしましたか?」
「ディアナ?ディアナ!ごめんなさい!私が彼女の名前を出したばかりに――」
バルドとステラが何かを話している。
それすら聞き取れず、私は自分を守るように、体を抱く。
(いやだ……いやだ、いやだ……怖い)
ふと、体全体を包み込む温もりを感じた。
「ディアナ、大丈夫だ。俺がいる」
この心地良い声と共に、私の震えが収まっていく。
視界も徐々に戻っていき、目の前で慌てているバルドとステラの姿を捉えた。
そして肩に回された、テオ様の手に気がつく。
私は今、テオ様に背後から抱かれている。
さっきまでの恐怖が一気に霧散し、その代わりに気恥ずかしさが一気に込み上げてくる。
「あ、あの、テオ様……もう大丈夫なので、手を……」
暗に放してくださいと伝えたいのに、テオ様は不可解そうに私の顔を覗き込む。
「無理すんな、気がついたばかりだろう。これ以上体に負担をかけるな」
「いや、あの、本当に大丈夫なので」
目の前のバルドとステラがきょとんとこちらを見ている。
視線が痛い。
思わず両手で顔を隠す。
「どうした?まだめまいがするのか」
テオ様が耳元で囁く。体が熱くなってきて、爆発しそう。
「えーと?これは、どういう状況ですか?」
「な、なんか、ディアナが可愛い……」
「何を言っているのですか、ステラ様」
「だって、こんなディアナ、今まで見たことないもん!」
しばらく私たち4人であーだこーだしていると、息を潜めていたアイセルさんが会話に割り込んだ。
「ごほん。そろそろディアナを解放してくれない、魔王。この状況をどうにかしたいのだけど」




