傷跡のわけ
《ステラ目線》
何が起きているのだろうか。
頭が壁にぶつかって、とても痛い。
ぼんやりだけど、目の前のメイリーとディアナの姿を捉える。
「どうですか~ディアナ様。久しぶりに可愛がられる感想は~?」
「やめ……やめて、っください……痛いっ、痛い」
メイリーは鞭を取り出し、容赦なくディアナに向けて振り下ろす。
ディアナは頭を手で抱えながら、それを何度も受け止める。
鞭に当てられる度、聞くに絶えない悲鳴が響く。
「くっ、あっ……あああ!」
「くふふふ、とてもいい声ですよ、ディアナ様。それこそ私の親愛なるおもちゃです」
メイリーは心底愉悦そうな声で、ディアナをいたぶる。
森で遭遇してきた魔族と同じような、声で。
私は痛む頭を抑え、声を振り絞る。
「メ、イリーっ……やめ、なさい」
メイリーの頭が、こちらに振り向く。
「ステラ様……まだ意識があったのですか」
彼女は私に近づき、髪を力強く掴み上げる。
「いたっ!」
「思いっきり壁にぶつけて差し上げましたのに、ステラ様は案外しぶといようですね」
顔を近づけるメイリーは、今まで見たことのない表情をしていた。
不気味なほどに、その瞳は闇を孕んでいた。
「なんで……こんな、ことを」
「なんで?そんなの決まっているでしょう」
彼女は歪な笑みを浮かべる。
ディアナは呪われた存在だからか、望まれない皇女だからか。
理由はいくらでも思いつく。
しかしメイリーが口にした言葉は、そのどれでもなかった。
「王族が、死ぬほど嫌いだからですよ」
徐々にクリアになっていく視界に、憎しみに満ちたメイリーの瞳が映り込む。
「憎くて憎くて仕方ないのに、王には手も足も出せない……なら、この恨みはディアナ様で晴らすしかないでしょう」
彼女は私の頭を掴み、思いっきり壁にぶつける。
「ああっ!」
激しい痛みが、後頭から伝わってくる。
「ああ、でも、今は魔族の森にいますから、ステラ様が何かあっても咎められることがありませんね」
痛みで力が入らない私の体に、メイリーは力強い蹴りを入れる。
「くっ!」
そして彼女はディアナに向き直す。
「でも、せっかくディアナ様に再会できたので、やっぱりもっとかわいがらないと」
彼女はディアナの顔を掴み、無理矢理自分に向けさせる。
「どうでしたか?ディアナ様。私のいない魔族の城で、楽しく過ごせましたか?それとも昔より酷い目に遭いましたか?」
ディアナの服を引き裂き、あっちこっちにある傷跡が、空気に晒される。
「魔族にいたぶられましたか?それとも、奴隷としてこき使われましたか?ああ、そのきれいな顔で、あの魔族たちの慰み者にでもなりましたか?」
メイリーは聞くに絶えない言葉を、次々と並べる。
ディアナはすすり泣きながら、体を震わせているように見える。
私はただひたすら、この状況の打開策を、思考に巡らせる。
(どうすれば、メイリーを止められる?私じゃ、メイリーにかなわな――)
ふっと、あるものが脳によぎる。
(そうだ!あれを使えば!)
私は服のポケットから、あるものを取り出す。
体の痛みを耐え、おもむろに立ち上がる。
「メイリーっ、今すぐ、やめなさい!」
私はそれを掲げ、いつでも壁にぶつけられるように構える。
「っ!あれは」
メイリーはこちらに振り向き、私が手にしている物を捉えた瞬間、彼女の表情から緊張が一瞬走った。
私は彼女から受け取った手鏡、彼女の『命』を見せつけるように持つ。
「これ以上ディアナに何かをすれば、あなたを殺すわ」
彼女の表情は最初こそこわばっていたけど、すぐ余裕を取り戻した。
「……心優しいステラ様に、こんなことができるのですか」
「できるわ!私は、ディアナを一番に思っているもの!」
「ふーん、そうです、か!」
彼女は私に向かって、飛びついてきた。
私は思わず驚いてしまい、手鏡が手から滑り落ちた。
「あっ!」
私はそれを受け止めようと手を差し伸べたが、酷い眩暈に襲われ、足元を崩した。
「いたっ!」
私は地面に転げ落ち、手鏡は私の目の前で、ガランと地面に衝突して割れた。
「くっ!」
視界の片隅に映り込んだメイリーは、苦しそうに心臓のあたりを掴み、呻いた。
「……メイリー?」
頬に冷や汗が伝い、私はメイリーを観察する。
彼女の『命』である手鏡が割れたせいなのか、彼女はとても苦しそうだ。
「ぐっ……くふふふ……ふははは!」
しばらくすると、彼女のうめき声が笑い声へと変わっていった。
「な……なんでっ?!」
手鏡は割れているのに、彼女は笑っている。
「あははは!ステラ様は本当に、甘いですね」
次の瞬間、彼女は顔を上げた。
その表情には、苦しみがひとかけらもなかった。
彼女はゆっくりこちらに近づき、手鏡を拾い上げた。
そして跪き、私にそれを見せびらかす。
「ステラ様は最初こそ人を疑うのに、肝心なところはすぐ信じてしまうのですね」
「まさかっ!」
彼女の言葉から、私はある可能性に辿り着いた。
そしてメイリーの次の言葉が、私の考えを裏付けた。
「どうしてこの鏡を渡されてすぐ、壊してみなかったのですか?王はすぐそうしたのに」
冷や汗が止まらない。
自分の甘さが、今はとても恨めしい。
「これは……あなたの『命』では、なかったのね」
「そう簡単に『命』を渡すわけないじゃないですか~」
彼女は手鏡をしまい、再びディアナの方に戻る。
「ステラ様、後でたっぷり可愛がってあげますので、大人しくしてくださいね。ディアナ様、お待たせいたしました。楽しいことの続きをいたしましょう」
彼女は再び鞭を持ち上げ、それを振り下ろそうとした瞬間、部屋中に白いモヤが現れた。
そしてそれが散った後、私たちは、さっきまでいた部屋とは違う空間にいた。
パチパチパチパチ。
拍手音が響いて来た。
私は辛うじてあたりを見回す。
壁際に、あの白い魔族が拍手しながら立っていた。
そして少し上の方に――玉座に魔王が座っていた。
私たちは、なぜか謁見室にいた。
「はあ!?なにこれ!?」
メイリーは大きな声を出した。
彼女は、掴んでいたディアナと同じくらい大きな人形を、地面に倒した。
「いいショーを見せてくれたよ。君もそう思うだろう、魔王?」
白い魔族は魔王を見上げる。
魔王はゆっくり階段に降り、メイリーの首に手をかける。
「俺の所有物を傷つけたのは貴様だな。死ぬより苦しい罰を与えてやろう」
魔王からは、空気を一気に凍りつくような威圧感が放たれた。




