それぞれの戦場
《カイル目線》
戦場は俺の居場所だ。
俺の人生の大半は、戦場に捧げてきた。
別に誰かを殺すことや、殺されそうになることが好きというわけではない。
ただ俺は、息をするように戦ってきた。
だから国からもう必要ないと言われた時、俺は、カイルという人間は死んだ気分になった。
国からもらった膨大な報酬で、毎日酒飲んで、好きなだけ食べて、寝て。
なんとなく毎日を過ごしていた。
自分の居場所は、ここじゃないと思いながら。
そんな時、勇者に出会った。
体が結構鍛えられていると、一目で分かった。
歩く姿勢がとにかく真っ直ぐで、服の隙間から見える手の筋が浮き上がっていた。
こいつは経験を積めば強くなる、直感がそう告げた。
だから気まぐれに、つきまとってみた。
あわよくば一戦交えたいとも思った。
魔族と戦いたいと言われた時、目玉が飛び出しそうなくらい驚いた。
こいつは正気じゃない。
だが、それが面白い。
魔族は暴力で嗜虐心を発散するという。
なら、それこそ、俺が望んでやまない、戦場だ。
戦士として、断る理由はなかった。
だが、実際に魔族と交えて戦ってみて、予想が甘かったと、心底感じた。
「くっ!」
「キャハハハハ!もっと抗ってみろよ、人間ども!」
目の前の灰色髪の魔族が爪を受け止めるためだけに、全身の筋肉が使われる。
どの戦場でも、こんな実力の差を味わったことがなかった。
「カイル!」
バルドは後ろから斬りかかろうとしたが、目の前の魔族は反対の手で容易く受け止めた。
「こっちはまだまだだな」
目の前の魔族はバルドを見下ろしている。
なら、行けるかもしれない。
「バルド!ライアンと一緒に、聖女さんを助けてやれ!」
「しかし!カイルだけでは――」
「舐めんな!これは……俺の戦場だ!お前はやるべきことをやれ!」
バルドが迷っていると、その剣は魔族によって弾かれた。
「おしゃべりとは余裕だな。もっと遊べるということだな!」
魔族が再び俺に爪を振り下ろす。
それを、なんとか防ぐ。
誰からどう見ても、こちらが劣勢にあるのがわかる。
それでも、俺は戦士だ。
「行け!バルド!お前の戦場はここじゃない!」
「くっ……」
「バルド様、行きますよ!」
立ち止まっているバルドを、ライアンは引っ張り、無理矢理連れて行った。
「いいのかよ。お前1人でもギリギリだったのに」
魔族は俺の剣を抑えながら、話をふっかけてきた。
「お前1人くらい……押さえつけてみせるさ」
「はっ、威勢はいいね。でもここで俺とやり合っていた方が、あいつらは楽に死ねると思うけどな」
魔族は空いた片手の爪で、俺を突き刺そうとする。
俺はすぐ後ろに飛んで避けた。
しかし、姿勢を整える僅かな数秒で、魔族はこちらに飛びついて、その爪で俺の肩を貫いた。
「ガハッ――」
「急所を外してやったから死ぬんじゃねえぞ。もっともっと楽しもうや!」
狂ってやがる。
だが、それこそ、俺の戦場に相応しい。
俺は肩を貫いた爪を強く掴みんだ。
「くふふ、ふあははは!これはこっちのセリフだ、魔族め!精々俺を楽しませろ!」
血が滴る肩を押さえながら、俺は笑った。
――――――――
《ライアン目線》
バルドの手を引っ張りながら魔王城へ駆け込み、ひたすら廊下を走った。
「ライアンさん、待て!カイルが――」
バルド様は僕を呼び止めようと、手を引いた。
僕は、そこで立ち止まった。
「あなたはなぜ、ここに来たのですか」
「へ?いきなり何を――」
「あなたは、カイルさんの言葉の意味を、理解していないようですね」
バルドさんは不可解そうに、眉を顰めた。
「何が言いたい?早く戻らないと、カイルが魔族に殺されるかもしれないんだぞ」
僕は深呼吸し、バルド様の両肩を思いっきり掴んだ。
「いいですか!あなたはなぜ、僕とカイルさんを集めたのか、どうしてこの場所に来たのか、よく思い返してください!」
バルド様はキョドっと目を丸め、言い淀みながら言葉を吐き出す。
「ディアナ、皇女を、助ける、ため」
「その通りです。あなたは皇女を助けるためにここに来たのです。僕とカイルさんも、あなたに協力するためにここに来たのですよ。あなたは僕たちの役割を奪うつもりですか?」
正確にいうと、僕は魔族を観察するために来たのだが、一緒に過ごしていくにつれて、本心からステラ様とバルド様の願いを応援したくなった。
カイルさんはどうなのかわからないが、彼も少なからず同じように感じたのだろう。
それを、当の本人に無駄にされるわけにはいかない。
「でも……僕は、」
「おやおや、迎えに来たのに、仲間割れですか」
廊下の先から知らない声が届いて来た。
声の先を見ると、そこには紺色の髪の魔族がいた。
彼の紫色の瞳には、片方だけメガネからかけられていて、とても理性的に感じた。
しかし彼から発された魔力のオーラが凄まじく、入り口で出会った魔族とは段違いだった。
僕たちはすぐ警戒態勢に入った。
「あなたが、魔王ですか……?」
その魔力の質から、そう思ってしまった僕は、戦々恐々と問いかけた。
(正直、答えはどうであれ、僕たちはやばい相手に遭遇したに違いはないですかね)
はいと言われたら、到底僕たちだけでは対処しきれるとは思えない。
いいえと言われたら、彼よりやばい相手が待ち構えているということ。
どちらにせよ、僕たちは死なないように足掻くだけしかできない。
息を飲みながら、彼の答えを待っていると、彼は嘲笑うかのように笑い出した。
「くふふふ、僕が魔王?ご冗談を」
答えは、ノーだった。
絶望的状況だ。
「僕はただの、魔王になり損なった、哀れな魔王の補佐役ですよ」
自分を哀れという割に、彼はちっとも哀れそうな表情をしなかった。
逆に新しいおもちゃを見つけたような、遊びたくて仕方ないような、期待の眼差しをしていた。
僕は小声でバルド様に話しかけた。
「バルド様、ここは僕が引き止めます。あなたはステラ様ともう1人の皇女を探してください」
「しかし……あなた1人では」
「僕の言葉を忘れたのですか。あなたは、あなたの目的を果たしなさい!」
「っ!……わかった」
バルドは一歩後ずさってから、反対側へ走り出した。
それを、前の魔族は止める様子はなかった。
「よかったですか?あなただけで到底、私に敵わないと思いますが」
「そちらこそ良かったですか?彼はこれから、魔族の王を狩りにいくのですよ」
「くくく、これはおもしろい。あの魔王様が倒される様を是非拝んでみたい……しかし今は、あなたと遊んであげましょう」
彼が言い終わった瞬間、見えない魔力の塊が放たれた気配がした。
僕は咄嗟に結界を張ったが、魔力の塊と衝突した瞬間、結界は粉々に砕かれた。
その衝撃に体が耐えきれず、体は後ろに飛ばされた。
「ガハッ」
「安心してください、僕は優しいので、ちゃんと手加減してありますよ。だから……もっと苦しむ顔を見せてくださいね、人間の魔法使い」
かろうじて体を起こし、体勢を整えた。
「やれやれ……僕は研究者で……戦闘要員ではないですけどね」
(さて、僕だけでいつまで耐えられるか、見ものですね)




