白猫の力
アイセルさんを説得できないまま、私は彼の住処に閉じ込められた。
「女神、食事をどうぞ」
アイセルさんは、微かに濁っている一杯の水と、黒く染まっている果実を差し出した。
多分、森のそこらへんから取ってきた食べ物だ。
少し戸惑ってしまったけど、私はそれを手で掴み、口に運ぶ。
「……ん……くっ」
その味は酷く苦く、とても飲み込めるものではなかった。
それでも生きるために、ゆっくり飲み込む。
(思い出す、城にいた時のこと)
カビたパンを出され、食事に砂を撒かれ、スープに薬を入れられる。
お腹が酷く痛んでも、口の中が傷だらけになっても、死ぬほど吐いてしまっても、ただ生きるために我慢した。
死んでしまったらきっと、ステラとバルドに迷惑をかけてしまうから。
ゆっくり飲み込みながら、アイセルさんを覗いた。
彼は相変わらず甘く微笑んでいた。
「女神は食事する時も美しいのですね」
「……私はもう、お腹いっぱいです。用意してくれてありがとうございます」
果実1つしか食べ終わっていないけど、これ以上食べられる気がしない。
「いいえ、喜んでくれて嬉しい」
彼は気を悪くすることはなく、出した果実を下げた。
今いる空間を観察してみる。
ここにはいろんなものが置かれていた。
彩りの水晶や宝石、丸くて滑らかな石、見たことのない花。
「……綺麗ですね」
「女神もそう思う?僕は綺麗なものが好きだから、つい集めてしまうんだ」
彼は乳白色の石を私に見せる。
「この石の色は女神の瞳と似ているね。身につけたら似合いそうだ。女神にあげよう」
「ありがとうございます。お気持ちだけいただきます」
「遠慮することないのに。しかし、遠慮深い君も美しいね」
彼は石に興味を失せたか、石を適当なところに置いて、洞窟から出た。
(そういえば、チョーカーを使えば、こちらからでもテオ様を呼び出せるかしら)
アイセルさんが戻ってこないうちに、チョーカーを触ってみる。
しかしそこに飾っていた赤いはずの宝石は、今は黒く染まっている。
叩いてみても、揺らしてみても、目ぼしい変化を見せない。
(今まで自分からテオ様を呼び出すことをしていなかったから、使い方が分からない)
今更ながら後悔した。
「そのチョーカーを使っても無駄だよ。ここに来る途中で魔力を抜いたから」
私がチョーカーをいじっている最中に、アイセルさんが新しい花を持ちながら話しかけてきた。
「魔王の魔力が込められたチョーカーだね。美しいけど、今はいらないかな」
そう言って、彼はチョーカーを取ろうとしたけど、私はすぐチョーカーを隠すように両手で握りしめた。
「これは……大事なもの、なので」
「……そっか」
アイセルさんはあっさり引き下がってくれた。
そして持っている花を私の髪に挿す。
「うん。やっぱり女神は花が似合うね」
「……ずっと気になっていましたけど、どうして女神と呼んでいるのですか?」
「ん?君は僕が今まで見てきた人間と魔族の中で、一番美しかったから」
「そう、なんですね。だけど女神と呼ばれるのは恥ずかしいので、ディアナとお呼びください」
「君がそう言うならそうするよ、ディアナ」
彼は楽しそうに花で私を飾り付けながら、鼻歌を口ずさんだ。
(せっかくだから、いろいろ聞いてみよう)
「初めてあなたにあった時、チョーカーを咥えながら壁をすり抜けていましたよね。あれは、あなたの魔法ですか?」
「そうだよ、あれは僕の得意魔法」
「壁をすり抜ける魔法?」
「違うよ、こういう魔法」
アイセルさん何もない空間を指差した。
そしたらそこから白い猫が現れた。
「これは……あなたの白猫の姿ですね」
それに触れようとすると、指がすり抜けた。
「えっ?」
「これは幻だよ。僕は幻を見せるのが得意なんだ」
次の瞬間、白猫の姿は跡形もなく消えてしまった。
(そういえばあの時、部屋に戻ったらチョーカーはテーブルにあったって、セロくんが言ってたような)
「当時咥えてたチョーカーも、幻だったんですか?」
「そうだよ」
だからあの時、私とセロくんの話が食い違ったのね。
「すごい魔法ですね」
「君に褒められるのは嬉しいな。魔法の中でも特別だから、僕も気に入ってるんだ」
「あなたの魔法は珍しいのですか?すみません、魔法について勉強不足で」
「ああ、だから君は魔女の力を使いこなせてないのか」
アイセルさんは花を飾る手を止め、私の真正面に立った。
(今、魔女の力って、言った……?)
「アイセルさん、魔女について詳しいのですか」
思わず前のめりになって、アイセルさんに迫る。
「もちろん。僕は白の魔族と呼ばれていてね。魔王やその補佐すら知らないと思うけど、月の神に少しだけ近しい存在なんだ。だから君が魔女であることは一目で分かったよ」
彼は私の手を持ち上げ、握り締める。
そこから暖かい何かが、私の体に流れ込んだ。
「幻を見せる魔法は白の魔族しか使えない魔法なんだ。月の神から直々授かった魔法だからね。僕は白の魔族として、魔女に仕えるのが使命なんだ」
彼が流し込んだ魔力に応じているかのように、私の中にある魔力が渦巻いていく。
やがて、手から光が放たれた。
セロくんやレオードさんの傷口に触れた時とは比べ物にはならないくらい、眩しい紫の光が。
「あなたは魔王城で魔法の扱いを学び始めたようだね。僕とする方がより効率よく習得できるよ」
彼は私と目を合わせ、甘い笑顔を見せる。
「……そうですね、お願いします」
彼の申し出はとてもありがたいことだった。
どうせ当分はここから出られないだろう。
なら、この時間を使って、自分の力を磨こう。
テオ様たちのお役に立てるように。




