危機的状況
《セロ目線》
ディアナ様が連れ去られてから3日経った。
未だに痕跡すら見つかっていない。
「まだ見つからんのか!」
「落ち着きなさい!魔王様。これ以上魔王城を壊されては、修繕が追いつけません」
僕たちは謁見室に集められていた。
手掛かりを報告し合うために。
しかし報告できる情報はほとんどなく、ただ魔王様の暴走を止める時間になっていた。
魔王様は今、王座の前に立っている。
彼から発された魔力が酷く威圧的で、黒いモヤが謁見室中で渦巻いている。
僕のような弱い魔族は少し当てられただけで、冷や汗と体の震えが止まらなくなる。
魔王様は抑えきれない嗜虐心を、周囲に向かって魔法を使うことで発散している。
この3日だけで、謁見室の壁にいくつも穴が作られ、足場も少なくなってきている。
それをデビト様は何とか修繕しているけど、彼も相当調子が悪いようだ。
いつも余裕そうな笑顔を浮かべているというのに、今は凍り付いたような無表情だ。
「ああああ、我慢ならねえ……狩りに行きてえ」
跪いている僕の隣で、レオード様はイラつきながら、壊れた瓦礫の欠片を蹴っている。
「駄犬!ディアナの匂いは少しでも見つかっていないのか!」
「この3日間ずっとあちこち探しているよ!でも魔王城の外じゃ、あいつの匂いがまったくしなかった」
「白の魔族は思った以上に手強いですね。幻覚を得意としているのは聞いていましたが、まさか移動の痕跡も消せるとは」
「あいつのチョーカーに魔力を送っても反応がない……くそっ!」
魔王様は王座を力強く蹴りつけ、それはすぐ粉々になった。
(まずい……魔王様たちはもう我慢の限界みたいだ。速くディアナ様を見つけないと、魔族の森が平らげられてしまいかねない)
この状況になって尚更、魔王城の平和はディアナ様の存在で成り立っていると思い知る。
ディアナ様が来た前の状況に戻っただけなのに、魔王様たちはもう魔物狩りで発散できなくなっている。
ディアナ様に愛着が生まれた分、ストレスも加算されている。
(けど、デビト様の話によると、まずいのは僕たちだけではない)
「一刻も早くディアナ様を見つけないと、ディアナ様の命も危い」
この魔族の森で唯一瘴気を遮断しているのは、この魔王城だけだ。
濃度にムラはあれど、長期間吸収し続けると、人間は容易く死ぬ。
「っ!」
突然、隣のレオード様が何かに気づいたかのように、外に目を向ける。
「匂いが……ディアナの匂いが!」
「何だと!どこにいる?」
レオード様の呟きを聞き、魔王様はこちらへ近づいて来た。
「遠くない……いいや、近づいている……?」
「は?どういうことだ」
「すぐ向かう!」
レオード様は狼の姿に変化し、走り出した。
僕たちのすぐ、その後ろ姿を追って行った。
――――――――――――
《ディアナ目線》
連れ去られてから、多分三日ほど経った。
ずっと洞窟の中にいたから、太陽が見えず、正確な時間はわからなく、眠った回数で数えるしかなかった。
この間、私はずっとアイセルさんを相手に魔法の練習をしていた。
練習するにつれて、自分の魔力が鮮明に感じ取れるようになり、感覚を掴んできた気がする。
これは魔力の親和性が原因らしい。
白の魔族が持つ魔力は、魔女との親和性が高くなっていると、アイセルさんは言った。
だから彼と一緒にいると、力が使いやすくなっている。
「ケホッ、ケホッ、ケホッ、ケホッ……」
「大丈夫?水を持ってくるよ」
昨日から体がだるくなってきた気がする。
頭がズキズキと痛み、何かを口に入れると吐き気を感じる。
「水だよ、ゆっくり飲んで」
「……んぐ……ケホッ!」
アイセルさんは水を持って来てくれたけど、少し飲んでも咳は止まらず、逆に吐き気が悪化したように感じる。
「ケホッ!」
口を手で覆うと、何か湿ってドロドロした感触を感じた。
手を見てみると、赤黒い液体がついているのがわかった。
「ディアナ!」
アイセルさんはそれを見て、慌てて傍に来てくれたけど、どうすればいいのかわからないようで、手を彷徨わせていた。
「ディアナ、具合悪い?何で?僕、どうすればいい?」
この感覚には見覚えがあった。
本当は昨日のうちに教えた方が良かったのに、魔力操作の練習に夢中になりすぎて、言えずにいた。
(違うな……きっと我慢することに、慣れすぎたからだ)
どうせ痛いと訴えても、誰も何も言ってくれない。
ステラとバルドに言っても、心配をかけてしまうだけ。
だから、最初から言うことを諦めてしまったんだ。
でも、目の前のアイセルさんはすごく心配そうな目をしている。
(言わなければ)
私はまだ、優しくしてくれた彼らの、お役に立てていない。
私はまだ、生きていたい。
口を小さく開き、ガラガラの喉から何とか音を出す。
「しょ……き」
「しょき?……瘴気か!ここは薄いはずなのに、こんなに速く影響が出るなんて、どうしよ」
アイセルは少し考えて、やがて決意したように、私に手を伸ばす。
体が浮き上がった。
アイセルさんに抱き上げられたんだ。
「瘴気のない場所……人間の住処以外だと、魔王城しかない」
意識が薄れていく中、私達の体が、白い霧に包まれていくのを見えた気がした。
「もう少し待ってて、ディアナ。すぐ助けるから」
頭がクラクラする。
少しでも痛みを和らげるために、目を閉じ、アイセルさんの胸に頭を預ける。




