聖女は……2
「——ごめんなさい」
民衆の視線を受け止め、ステラは深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。私には、あなたたちの家族を救う、力がありません」
彼女は、微かに声を震わせていた。
きっと、怖くて泣き出しそうなのを、我慢しているのだろう。
彼女の言葉を聞き、民衆はしばらく沈黙した。
私たちはステラの後ろで、ただ民衆の反応を伺った。
しかし彼らはただ呆然と口を開けていて、どんな表情なのかよく見えなかった。
「——嘘つき」
どこから、誰が発した言葉なのかわからない。
でも、その声は沈黙を切り裂くように、はっきりと響き渡った。
「嘘つき」
「嘘つき」
「嘘つき」
それに同調していくように、複数人が同じ言葉を繰り返す。
「——聖女のくせに」
民衆たちは、頭を上げ、鋭い視線をステラに向ける。
ステラの肩は、ビクッと震えた。
「聖女のくせに、民を見捨てるのか」
怒りのこもったその言葉が放たれた瞬間、それは波のように広がり、この場にいる民衆を怒りの渦へ巻き込んでいった。
「そうだ!俺らはずっと国のために祈ってきたんだぞ!」
「聖女は、私たち民に、神の恵みをもたらす存在じゃないの!?」
さっきまであんなに切実に懇願してきた民が、今や責めるような口調でステラを攻撃する。
そしてその叱責に共感するように、すべての民が一気に騒ぎ出す。
思わぬ展開に、私とカイルさんは狼狽していた。
「なんだこれ……」
「どうしよう……どうしたら」
その中心に立ち、責められる的となっていたステラはただ、じっとその言葉たちを受け止めていた。
彼女はゆっくりと頭を上げる
「ごめんなさい……私はすでに聖女ではありません。なので、みなさんを救う力はありませ——」
「うるさい!」
ステラの説明の言葉を、民の誰かが乱暴に遮った。
「言い訳をするな!怪我人を癒す力があるお前が、聖女じゃないわけないだろう!」
「そうよ!私たちに、力を施したくないだけでしょう!」
「違っ、私は本当に——」
激情する民に、ステラはさらに説明しようとするも、民衆は聞き耳を持たなかった。
「何か聖女よ!肝心な時に助けてくれないじゃない!」
「俺らは毎日勤勉に祈ってきたというのに、神は助けてくれない!」
「そんな聖女も、神も、こっちから願い下げだ!」
その矛は、ステラのみならず、神へも向けた。
場面は収拾がつかないほど混乱していた。
「カイルさん、ここはアイセルの魔法を使って、逃げた方がいいです」
「そうだな。突然姿を消せば怪しまれるかもしれねぇが、緊急事態だ——」
すぐにでも、アイセルにお願いしようと、振り返る時——
「あ゙、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
民衆の中から苦しそうに喘ぐ声と、悲鳴が聞こえてきた。
民衆は、声が鳴る方へ視線を向ける。
私たちは人々の隙間から、その様子を覗いた。
民に隠れてよく見えないけど、誰かが俯いている気がした。
その人から、喘ぎ声が発された。
「あ゙あ゙あ゙、くる……じ」
その近くにいる人たちは、徐々に遠ざかり、私たちからも、その人をはっきり捉えられるようになった。
その中で1人の男の人が、その人の肩に手を置こうとした。
「おい、大丈夫か——」
「——ふっ!」
肩に触れようとするその男は、思いっきり振り払われた。
——その男は、その後ろに立っている人たちにぶつかるほど飛ばされた。
衝突した人たちは山崩れのように、次々と倒れる。
「キャっ」
「うあっ」
そして振り払われた男は、気絶していた。
その異常さに、人々は一瞬呆然とするが、すぐにそこから離れ、数人で固めながらその人を警戒した。
中央で座り込んでいたその人は、おもむろに立ち上がる。
短く浅い栗色の髪が、毛根から深く染まっていき、皮膚の所々に紫のあざが見えた。
体は痩せ細っていて、血の気を感じないほど青ざめていた。
彼は、彼女は、長い前髪で顔が隠れ、表情がよく見えなかった。
しかし、底の知れない不気味さを感じた。
私は慎重にステラに近づき、いつでも前に出れるように警戒する。
やがてその人は、頭を上げた。
その視線とあった私は、驚いていた。
(えっ、なんで——)
しかし考える隙を与えず、その人は動き出す。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」
威嚇するような咆哮と共に、その人は近くにいる人たちに襲い掛かろうとした。
「キャー!!!」
「来るなー!」
「っ!レオードさん!」
村の人たちが怪我をするのを防ぐため、私はレオードさんを呼びかける。
すぐに私の意図を察したレオードさんは、俊敏に飛び出し、その人に向かって駆け寄った。
「おらぁあ!」
「っ!」
レオードさんはすぐその人の後ろまで追いつき、その両手を掴み、背中に回して拘束した。
「ディアナ、捕まえだぜ!」
彼は誇らしげに私へ振り返った。
私とカイルさんはその人に近づける。
「あ゙うっ」
拘束されながら、抵抗を測るその人の前髪を、カイルはかきあげる。
そこには鋭い、緑色の瞳が私を睨んでいた。
しかしその瞳は、どこか朦朧としていた。
「カイルさん、これって——」
「ああ……」
私たちが視線を交わしていると、アイセルが私の背後から様子を覗いてきた。
「これはこれは、完全に理性を失っているね」
彼は妙に悠長そうに語る。
「ディアナ、たぶんこれ……“例”のやつだよ」
アイセルは明らかに言葉をぼかしていた。
しかし、私の目の前にある点と点が、頭の中に繋がっていった。
(栗色の髪が茶色に変わり……体が重く、息が苦しい……そして、暴れずにはいられない——嗜虐心)
私はかがみ、その人の頭に手を乗せる。
手から紫の光が放たれた。
それが頭から肩、手、体、足、全体へと染まっていった。
その光に包まれ、その人の瞳は徐々に焦点が戻り、抵抗する力も弱くなっていく。
やがて光が散り、その人の皮膚から紫のあざが消え去り、髪色が栗色へ戻った。
その人は力尽きたようにまぶたを閉じ、意識を失った。
あっという間に、事態は治り、私は一息を吐いた。
しかし頭に浮かぶ疑惑は、残されたまま。
(いったいなんで……この人がここに——)
「聖女だ」
誰かの声が響いた。
私は頭を上げる。
そこでやっと気づく。
この場にいるすべての人は、私を見つめていることを。




