聖女は……1
ステラがすべて吐き出し、落ち着くのを待ち、私は彼女が泣き止むまで、声をかけないようにした。
(私は、人の慰め方を知らないから、せめてそばに寄り添おう)
何分か経ち、隣から響く嗚咽音がやがて小さくなっていく。
「……びっく……もう大丈夫……ごめんね、急に泣き出して」
「ううん。ステラの悩みを知れて、私はよかったと思う……でも、それだけは覚えていてほしい」
私は彼女の手を、両手で包む。
(ステラは責任感が強い、優しい子だから、きっと聖女でいた頃も何度か泣きそうになって、1人で我慢しようとしたことがあったでしょう)
そんな彼女だから、私はこの言葉を送りたい。
「結果的に悪いことに繋がったとしても、ステラが私をお茶会に誘ってくれた時や、魔王城まで来て探してくれた時も、私は確かに、救われた気持ちになったよ」
(結果はどうであろうと、私だけは、あなたが私にしてくれたすべてを、肯定する)
私は言いたいことを伝え終え、そっと顔を上げた。
ステラの目をさらに潤ませた。
「ス、ステラっ!?」
「——〜〜もう!やっと治まりそうなのに、なんでまだ泣かすようなことを言うの!」
彼女の目尻からボロボロと、涙が溢れた。
私は本格的に、慌て出す。
「ご、ごめんね!私、どうすればいい?」
「知らない!大人しく私に甘えられなさい!」
そう言って、ステラは私に思いっきり抱きついて、顔を胸元に埋めた。
私はただされるがままに抱きつかれて、彼女の背中を優しくさすった。
突然、窓が開く音がした。
そこに視線を向くと、アイセルとレオードさんが険しい表情を浮かべていた。
「2人とも、どうしたの?」
(私がいいって言うまで入らないように言ったのに、突然窓を開けたってことは、何か緊急なことか——)
「ディアナ、ちょっとやべえかもしれない」
レオードさんは珍しく緊張のこもった声色をした。
それに続くように、アイセルは口を開く。
「人間が……村中の人間が、こっちに近づいて来ている」
——えっ
予想外の言葉に、私は素っ頓狂な声を上げた。
そして同時に、反対側から扉が開かれる音がした。
「すまね、皇女さん。なるべく邪魔したくなかったが、緊急事態だ。すぐここから出るぞ——」
カイルさんが切羽詰まった声を被せるように、外から人が叫ぶ声が響いた。
「聖女様を出せー!」
その声を合図に、この家の周りが一気に騒がしくなった。
「な、なにっ!?」
その声にステラは驚き、私にしがみつく手を強めた。
私は状況を把握したく、カイルさんに視線を向ける。
カイルさんは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「手遅れだったみたいだ」
彼はレオードさんたちに入るように合図し、状況を説明した。
「さっき、店の扉を叩く音がしてな。この店、休業日だから、オーディさんが追い返そうとしたが、外にいるやつが、聖女はいるかって……」
「俺たちも外にいる間、木や屋根に登って周りの様子を見てたんだけど、どうも人間どもの動きがおかしくてな」
「僕たちは幻覚で見えないはずなのに、人間が四方からここに集まって来ている気がしたんだ」
レオードさんとアイセルも見たものを報告する。
その間も、この家の周りから人の気配が増えて来ている。
「今、オーディさんが外にいるやつらを引き留めているが、すぐ限界が来るだろう」
「どうする、ディアナ?まだ俺らが抱えて逃げるか?」
「僕の魔法なら、姿を見せないまま逃げられるよ」
——ここから逃げるか。
私の心臓は激しく弾んだ。冷静に考えたいのに、頭が真っ白だ。
——レオードさんとアイセルの力なら、すぐ逃げられるはず。
だから、本能的に示された道しか考えられなくなっていた。
「そうね、早く逃げ——」
「悪い、皇女さん。さっき逃げると言ったが、それはやめたほうがいい」
カイルはレオードさんたちの提案を容赦なく蹴った。
「このまま逃げたら、オーディさんたちが囲まれたままになる」
彼はそんな時でも、冷静に判断していた。
しかし大きくなっていく騒音に、焦燥感が募っていった。
「じゃ、どうすればいいんですか?このままじゃステラが——」
「私、出るわ」
すぐ近くに発された言葉に、私は一瞬でギョッとなった。
ステラは私から手を離し、さっきまで涙で濡れていた目を擦り、立ち上がった。
「こうなったのは、私のせいだもの……私がなんとかしなきゃ」
ステラは一歩、まだ一歩と、外へ繋ぐ扉に近づいた。
「危険よ!ステラ」
私は叫ぶ。でも彼女は振り返らない。
それほどに、決心が硬いと言うこと。
私とカイルさんは強引に引き止めることはなく、ただその後ろについて行った。
店を通り過ぎ、カウンターの陰で小さくうずくまるサリーの姿が見えた。
彼女は声を出さず、ただ不安そうに外を覗く。
そして店の外に出ると、オーディさんの痩せ細った背中と、彼に詰め寄っている群衆がいた。
「ここにいることはわかってんだ!速く聖女様を出せ!」
「そうよ!急がないと、うちの子が——」
「落ち着きなさい。聖女様なんて、わしは知らんのじゃ——」
オーディさんが必死に宥めるも、民衆は引き下がることはなかった。
ステラはそんな中、ブロンドの髪を隠すことなく、人々の前へ歩み出た。
それに気づいた人々は、どよめき出す。
「ブロンドの髪……聖女様か」
「聖女様だ……」
「聖女様!」
みんな祈るように手を合わせ、ステラを崇めようとした。
ステラはまず、オーディさんに話しかける。
「迷惑をおかけして申し訳ありません。ここは私たちが対処しますので、オーディさんはサリーちゃんの元へ」
「あ、ああ……」
オーディさんは戸惑い、心配しながらも、ゆっくりと後ずさり、店の中に入って行った。
ステラは、私たちを囲う民衆に、視線を向き直す。
そしたら、代表と思われる中年の男の人が、一歩前に出た。
「さっき市場で、家の父を治療してくれたことを聞きました。そのことについて、感謝を申し上げます」
彼は深々と、ステラに向かって、頭を下げた。
「いいえ……私のできることをしたまでです」
ステラはその人に、頭を上げるように促す。
しかし、彼はいつまでも、頭を上げる気配はなかった。
「これ以上望むのは、厚かましいと存じております……しかしどうか、うちの父を救ってください!」
彼は頭を下げたまま、事情を説明した。
「父は、数日前から正体不明な病を患っていて、徐々に衰弱し、息ができないと訴えました。今日もやっとの思いで起き上がり、僕が見えない隙に医者に尋ねようとしたのです。しかしこの病は医者にすら、治す術がありません。どうか、聖女の力で、救ってください!」
彼はまさに、市場で倒れた老人のご家族だったらしい。
その丁寧さと切実さから、決して悪い人ではないと感じ取れる。
しかし、彼の言葉を聞くに連れて、私は無力さに、心はギュッと締め付けられた。
男の人が語り終わった途端、隣に立つ婦人も、前に出て、頭を下げる。
「うちの子も、病にかかっていて……もう一週間も続いています。息もかなり弱くなっています。どうか助けてください」
次々と、民衆は「助けてください」と口にしながら、頭を下げた。
彼らはただ、自分の家族が救われることを、望んでいた。
誰もが息を呑み、沈黙をし、ステラの言葉を待った。
ステラは、大きく息を吸った。
「頭を上げてください」
民衆は次々と、頭を上げる。
すべての視線を受け止め、今度はステラが、深々と頭を下げた。
「——ごめんなさい」
ステラは、謝罪の言葉を口にした。




