ステラの隠しごと2
今後の行動が決まった私たちは、アイセルの帰りを待っていた。
逃げるにしても、街の様子を知らなければ何もできない。
外に出た瞬間、捕まってしまえば元も子もない。
やがて窓の外から、コンコンと叩く音が響いた。
外には、一匹の白猫がいた。
私は急いで窓を開け、その猫を招き入れる。
その猫は入ってすぐ、白い霧を放ち、姿を隠した。
程なくしてアイセルは、人の姿に変わった。
「帰って来たよ、ディアナ」
「おかえりなさい」
ご褒美にアイセルの頭を軽く撫でた後、彼に報告するように目を配った。
「どうだった?」
「君たちの予想どおり、あちこちで僕たちを探していたよ。すぐには諦めそうにないね」
「そう……」
予想はしていたけど、思わず表情が曇ってしまう。
「やっぱりすぐには諦めないか」
カイルさんも同じように思ったらしい。
しかし村人たちの立場に立って考えてみればわからなくもない。
大切な人が医者さえ治せない病気を患った彼らにとって、聖女の出現は最後の希望だから。
それでも、私たちは何もできない。
「人が減るのを待つのか1番安全だが、いつ頃になるか……下手すれば夜になっても——」
「それはダメ!」
カイルさんの言葉に、思わず大袈裟に反応してしまった。
カイルさんは驚いたように私に視線を向ける。
そしたら、すぐ何かを思い出したように口を開いた。
「そうか……その髪の魔法、一日中だったな。さすがにここで戻ったら大事になるな」
「……はい」
微かに恥ずかしさを覚え、私は頭を俯かせた。
(私の髪は、こういう時には迷惑をかけてしまうわね)
そのことについては、本当に申し訳なく思ってしまう。
「そんじゃ、多少無理してでも、日が落ちる頃に出発しないとな」
結論が出た途端、部屋は静まり返った。
カイルさんはずっと窓の外を覗いていた。外を警戒してくれているかもしれない。
ステラはさっきの話し合いからずっと顔を青ざめていた。この状況に強い不安を感じているかもしれない。
レオードさんとアイセルだけが、いつも通りにしていた。
「おい、アホ猫。二番目のところには行ったのか?」
「まあ、デビトには会えなかったけど、一応あの小さいのには教えておいたよ」
「軟弱者だー?あいつ、何もできねぇだろう」
「そうだね。その慌てふためいている顔を見て、そこそこ愉快だったよ」
(デビトさんに会えなかったのね……彼なら、なんらかの打開策を考えてくれるって期待してたけど)
ここで、私は気づいた。
(私って、デビトを頼りにしすぎるかもしれない)
魔王城に行った時から、いろんなことを教えてくれたから、思わず甘えてしまう。
それが、どんどん自分をダメにしている気がする。
(私もちゃんと、自分で考えられるようにならないと)
そこで、お店に繋ぐ扉が開けられる音がした。
「お姉ちゃんたち、お話終わったー?」
サリーは控えめに扉の隙間で顔を出し、私たちを覗く。
彼女の真ん丸な瞳が、私と視線を交わした。
「ええ、終わったわ」
私の言葉を聞き、サリーはうきうきと、入って来た。
「じゃ、じゃあ!サリーとも遊べる?」
彼女はあからさまに興奮して、私とステラに視線を向ける。
しかしその視線がステラを捉えた瞬間、笑顔が心配の表情に変わった。
「ステラお姉ちゃん、どうしたの?……どこか痛いの?」
「えっ……」
サリーに名前を呼ばれたステラは、やっと頭を上げた。子供さえ気づくほど、酷く心細い顔をしていた。
「そ、そんなことないわよ」
「でも、ステラお姉ちゃん、泣きそうだよ」
サリーに言われて初めて、ステラの瞳に水が溜まっていることに気づいた。
そしてサリーの言葉をきっかけに、ステラの目尻から、涙がこぼれ落ちた。
「お姉ちゃん!?」
「ステラっ」
私とサリーの呼びかけと同時に、ステラは手で涙を拭う。
「なんでもないの……なんで、も」
しかし一度こぼれ落ちたそれは、そう簡単に止まるわけもなく、次々と流れ落ちた。
それを見て、サリーは右往左往していた。
「ど、どうしよう……どうしたら——」
「お嬢ちゃん、しばらく俺と店に行ってくれないか?丁度オーディさんに話したいことがあってな」
「で、でも——」
カイルさんはすぐサリーを店の方に押し戻した。
離れ際に、私に目配せした。
(カイルさん、気を利かせてくれたのね)
私はレオードさんとアイセルにしばらく外に出るようにお願いし、ステラのそばで座った。
「……ひっく……」
彼女はまだ涙が止まらず、嗚咽が続いている。
私は彼女が落ち着くまで、とにかく待った。
5分くらい経った頃だろうか、彼女は少しずつ、話せるようになった。
「……ごめんね……いきなり、泣き出して」
「いいの……不安でしょう、今の状況」
しかし彼女は、首を横に振った。
「不安というより……自分が恥ずかしくて」
まだしゃくり上げながら、しばらく黙ってしまった。
話すかどうかを、戸惑っていたのだろうか。
「なにが恥ずかしいのか、教えてくれる?」
「……私は、間違ってばかりだなって」
彼女は、涙を必死に抑え、語り出した。
「最初は……魔王城に行った時。バルドと計画して……関係ないカイルさんとライアンさんまで巻き込んで……ディアナを助けることだけを考えて、その後なんで何も考えなかった。そしたら国に帰った途端、バルドたちが私のせいで拘束されて……」
バルドたちが閉じ込められた経緯を聞いて、私は密かに納得していた。
「それだけじゃない……私がいないせいで、国の結界が弱まって……瘴気が壁近くの街で蔓延って……私のせいで病気になった人がたくさん——」
それについては、少し驚いた。
(ステラがいない間、そんなことがあったのね)
「そしたら力が取り上げられて、私はなんの力もない……ただの皇女になって。不安だったの……いままで出来たはずのことが、出来なくなるなんて、思ったことがなかった」
ステラが感じた無力感は、きっと私が想像できないくらい、大きな不安になっていた。
「ここに来て、お父様の話を聞いて……ああ、ディアナが城であんなに辛い目に遭っていたのは、私のせいなんだって——」
「えっ」
それを聞いて、私は初めて、抑えきれず声を出してしまった。
「なんで、そう思ったの?」
「だって……私が聖女の力を引き継いだせいで……勝手にディアナに会いに行ったせいで……お父様は、私たちを剥がそうと思って、ディアナに酷いことをしたでしょう」
——メイリーをあてがって。
ステラは、その言葉を、小さく呟いた。
確かに、ステラが会いに来たことで、私はメイリーに私刑に近いことをされた。
(でも、それをステラのせいなんて、思ったことは一度もない——)
その言葉を口に出そうとするも、ステラは気づかず言葉を続けた。
「それを、ライアンさんに相談したの……このままじゃ、私はみんなの足手まといになって……胸を張って、ディアナのそばにいられないって。そしたら、新しいことを始めればいいって」
お父様の話を聞いたあの日、お父様が語り終わった途端、ステラは部屋から出てしまった。ライアンさんはその様子を見ると言って、すぐステラを追いかけた。
思えばその日から、2人でいることが多くなっていた。
(あれは、そういうことだったんだね)
「ディアナたちの役に立ちたくて……だから、治療魔法を学んだのに、結局今、こんなことになって……私、なんでこんなにバカなんだろう」
語り終わった彼女は、再び涙がこぼれ出した。
彼女は手で、目を強く擦る。
「擦っちゃダメよ。目が赤くなっちゃうわ」
私はそっと服の袖で、彼女の涙を拭った。
「ディアナに心配されたくなくて……黙っていたのに……結局私はディアナがいないと、ダメになっちゃう」
彼女の言葉に、私は思った。
——それは、お互い様だと。
きっと私たちは、お互いに依存していた。しすぎていた。
私が、ステラたちとの時間を、唯一心安らげる時間だと思っていたように、ステラも私との時間を、唯一すべてのしがらみを忘れられる時間にしていた。
そのことを嬉しく感じると思うとともに、辛くとも思った。
(私には、テオ様たちという新しい支えがあった。
けれど、ステラにはまだ、それがない。)
だから、少しの出来事でも、心が押しつぶされてしまう。
そのことを思うと、心が酷く痛む。
——すべてが終わったあと、本当に私は、ステラを一人置いていってしまっていいのだろうか。




