ステラの隠しごと
「ディアナお姉ちゃん、アイセルお兄ちゃんは?」
「アイセルは……少し出掛けているの。すぐ戻って来ると思うわ」
オーディさんとサリーの家でしばらく滞在すると決めた時、私はアイセルにお願いをしたのだった。
『アイセル、街の様子を見てきてくれる?それからよければ聖堂にいるデビトさんたちに今の状況を報告して』
『わかった。すぐ戻って来るからね』
彼は私の意図をすぐ察して、外へ出ていった。
ステラとカイルさんは市場の人たちに顔を見られている。たぶんマントをかぶっていたレオードさんと私以外が出るとすぐ捕まる。
かと言って、の村でマントを被っていたのは私たちくらいなので、かえって目立ってしまう。
その点、アイセルは容姿こそ目立つけど、猫の姿になれば怪しまれないし、なんなら何かあれば幻覚で誤魔化せる。
(アイセルを連れてきて、本当に良かった)
しかし帰る時間が遅れると考えてしまうと、怖くなる。
(デビトさん……どうやってテオ様に説明したのだろう)
帰ったらテオ様がお怒りになるかもしれないと思うと、ぞっとする。
そして心配ごとはもう一つ——
(今日中に戻らないと……)
髪色を変える魔法は、一日は解けないようになっていると、デビトさんは言った。
具体的な時間は聞いていないけど、たぶん日付が変わる前に戻らないと、髪色は元に戻ってしまう。
それまでには——
「……ねぇちゃ——……ディアナお姉ちゃん?」
サリーの呼びかけで、私は意識を引き戻した。
「あ、ごめんなさい。何?」
「サリーと遊ぼう!」
サリーは期待に満ちた眼差しで、私を見上げる。
そんな目で見つめられると、期待に応えたくなる。
(でも……子供とは、どう遊べば——)
長年引きこもりの私には、子供と接する術を知るわけもなかった。
その時、横から誰かが来た気配がした。
「ごめんな、お嬢ちゃん。このお姫様は少しの間借りていくな」
「えー」
カイルさんの言葉に、サリーはあからさまに不満の声を上げた。
私は困惑している表情をカイルさんに見せると、彼は親指でテーブルの方を指す。
そこを見ると、緊張している様子のステラが、背筋を限界まで伸ばして座っていた。
私は一瞬で、その意図を察した。
しかし同時に、気まずそうに、サリーとオーディさんを交互に見る。
さすがに2人がいるこの場で、語っていい内容ではないと思った。
私の視線を受けてオーディさんは、サリーの背を押した。
「サリー、私たちはお店番しようか」
「ええー、今日はおやすみだって言ったのに!」
「いいから、いいから」
オーディさんはサリーを連れて、お店の方に行こうとした。
「すまんな。家のものには絶対手を付けないと誓うよ」
「お安いご用さ。うちには盗めるほどの物がないでね。ゆっくりしてってくれ」
2人が出ていったのを確認し、私たちはテーブルを囲って座った。
「さて……説明してくれるか?聖女さん」
ステラは、あからさまに緊張して、息を飲んでいる気がした。
心が痛むけど、ここはきちんと状況を把握しないと、どう動けばいいのかわからない。
私は、心を鬼にすることにした。
「教えて欲しい……ステラの、隠し事を」
強張った表情のままのステラは、戸惑いながら、口を開いた。
「あれは……聖女の力じゃないの」
この一言で、覚悟が決まったみたいに、ステラはまっすぐ、私たちを見る。
「あれは、ただの治療魔法。私はここに来て間もない時から、ライアンさんに教わっていたの」
私は今までのことを思い返した。
ステラがいつも、ライアンさんと2人で、何かをしていた。
(その時は、治療魔法を教わっていたのね)
さらには、なぜ学んでいたのかも気になったけれど、今はもっと、考えるべきことがある。
「なるほどな。聖女さんが使ったから、てっきり聖女の力だと思ったけど。違うんだな」
「ええ。だから傷は防げても、病気を治すことはできないの」
あの人たちが口にした噂通り、万病まではいかないものの、聖女はある程度、病気を治す力を持っていた。
しかしステラの口振りだと、治療魔法はそれができないらしい。
「教えてくれてありがとう……でも、私たちはともかく、あの人たちはステラが聖女だったのを知らないのに、なんで気づいたのだろう」
より不可解なのは、あの時、『聖女』と囁く声。
あれはいったい、なんだったのだろう。
「魔法は平民の間では浸透していない。存在は知っていても、見る機会のないまま一生を過ごすのが普通だ。いきなり見せられて、聖女か魔法か見分けつかないのが普通だ」
「そうなのね……」
ステラと小さい頃から一緒にいて、さらに魔族とも長い間一緒にいたから、私にとって魔法が普通になっていた。
「加えて丁度聖女さんが失踪した記事も届いた。勘繰ってしまうにはタイミングも根拠も良すぎる」
カイルさんの説明に納得してしまうけど、私は肝心なことが言及されていないことに違和感を感じた。
「カイルさんは聞こえましたか?」
だから私は、ここで口にした。
「何を?」
「『聖女』と、囁く誰かの声を」
私の質問に、カイルさんとステラは首を傾げた。
「んー……聞こえた気が、しなくもないが、気のせいと思ってな」
「私は聞こえなかったわ。あの時、どうすればいいのか考えるのに、いっぱいいっぱいだったからかもしれない」
2人とも、あまりピンと来なかった。
ステラはその声すら、聞こえていなかった。
それほどに弱々しく、儚い声だった。
(でも、あの声が聞こえてすぐ、私のすぐ隣りにいた婦人が聖女だと言い出したんだ)
それを、偶然や錯覚だと、私はどうしても思えない。
「でもこれで1つ明らかになった。聖女さんは治療魔法こそ使えるが、完璧に聖女の力を失っている。つまり——」
あの場にいた人々の願いを、ステラは叶えることはできない。
ステラは悲しいような、悔しいような、複雑な表情を浮かべる。
その表情が痛々しく、私でさえ、心を痛めてしまう。
でも、この結論が出たことで、私たちの行動方針は定まった。
「そんじゃ、徹底的に逃げるしかないな」
カイルさんははっきりと、言い放った。




